木原音瀬作品を読む時に湧く高揚感の正体とは…②

嗜虐場面が書いてあるものを読むのは=その様な 趣味の人間か、と言えば違うに決まっている。 そもそもBLを読む読者の大半が女子なのに、 描いてあるのは男性同士の恋愛物語なわけで、 当事者になり得る筈がない。 BLを読む人間が=同性愛者なわけがない。 それと同じ、と理屈で言いきる事は簡単だが、 それでは何故、いわゆる「痛い系」を好んで読む、 と明言する(勝手にしている訳だが)人間とそうでない 人間がいるのか。 痛い系を読むからと言ってM寄りだとかS寄りだとか そんな単純なものではないだろう。 では、この「高揚感」の正体はなんなんだろうか。 「高揚感」に付随する「歓喜」があるからこそ 読んでいる事は間違いないのだ。 (こう言う風に書くとまた誤解を生むかもしれんが) BLを読む時に誰もが思うであろう、次にとうとう 「濡れ場」に差し掛かる、と言う時の高揚感。 濡れ場目当てで読まない人もいるし、濡れ場の為に 前後の物語を読んでいると言っても過言ではない 人もいるだろうけが、あの、濡れ場に差し掛かって どんなエロい事になるんだろうか、この男同志は!! と言う時の、読む直前のぞくぞくする感触、と言えば きっと解って貰えると思う。 あの同じ感覚を、酷薄な行為に及ぼうと舌舐めずり してる描写の辺りで「期待」してしまうのだ。 どんな怖いことをされるんだろうか、この人は… と言う具合に。 「高揚感」と言う意味に於いては同種なのである。 誤解のないように書いてお…

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木原音瀬作品を読む時に湧く高揚感の正体とは…①

時に木原作品は「痛い」「容赦がない」と言う風に 評される事があるようだが、既刊本を読んでいる間、 確かに「痛い」し「容赦がない」とは思うが、 その「痛さ」に対して過剰演出しないのもまた 木原作品の特徴だな、と思っているので、殊更 煽情的に「痛さ」を演出し、「痛さ」によって読者を 驚かそうとか痛がらせようとか言う作者の意思が 皆無であるので、私にとってそこに書かれている 痛さと言うのは、作中の人物たちがリアルに 経験しているものの描写として捉える場合が多かった。 読者である自分の痛みではなく作中の人間の 痛みであり、自分を切り離すのではなくて、その 痛みを享受するのは渦中にいる彼らに他ならない、 と言う感覚。 部外者である私(読者)が安易に「解る」と言っては いけないもの、と言う感覚の方が大きい。 そして作者はその現象をそのままに捉えて 文章にしているだけだ、と。 事実行われているものを過剰に演出し、 痛さの残酷さのみを際立たせようとする作者の 読者に対する「狙い」などは皆無なのだ。 映画の中で感情豊かに表現されるものではなく、 ドキュメント番組を見る怖さ、と言うか。 「痛い」のは無論解るが、辛すぎて読めなかったり 「容赦がない」と捉えない自分のような人間は ひょっとしたら人間として冷血な部分があり、 その辺りの心の機微と言うものを読み取れないのでは とも思ったが「客観視できる」事によって冷静に 物語を読んでいるからでは、と人に言われたので…

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賞味期限が切れる感覚が伝わる…『期限切れの初恋』。

ああ…これで既刊本で手に入る木原作品は ほぼ読み終えてしまったと言う換算になる。 正確にはまだ一般誌に載った短編が手元にあるが、 BLの単行本は手に入るものは殆ど読んだ筈。 あとがきでタイトルを『賞味期限切れの初恋』と言う 案もあったと書かれていたが、期限が切れると言うより 想いを自分の中に持ちすぎた事によって どうしようもなくなった感は「賞味期限」と言う 表現の方がニュアンス的に合うなぁ。 期限が切れて過去のものとして清算しなくては ならなくなった、前に進まねば…と言う作品ではない。 期限が切れても想い続けている話ではあるが 「賞味期限」と言われる方がしっくりくる。 色んな制約があってより短く解り易いタイトルに なったんだろうと思うが、作者の中では 賞味期限が切れるニュアンスで書かれた作品なんだろう。 美味しくはないが、まだ食べられる事は食べられる、 と言う、あの何とも言えないある意味で「だらしない」 感じは… が、『期限切れの初恋』って、絶妙なタイトルだなぁ。 初恋ってたいてい期限切れになるな、そう言えば、 と至極納得がいく。 宇野にとっては初恋だったかもしれないが、 いわゆる「片思い」と言うやつでもあると思う。 片思いは成就しないから片思いであって、 成就しなかったから相手と会う事がなくなっても 時折思い出したり、その時の気持ちに縛られたり するんじゃなかろうか。 自分の感情としても決着が着いてなかったからだろうし、 時間を置…

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木原節引き立つ一般雑誌の載った短編『虫食い』。

小説現代2013年11月号に掲載された木原音瀬の短編 『虫食い』が読みたいが為に取り寄せて購入。 グロい、と聞いていたが、これはグロいだろうなぁ、と 私でも思うが、グロさを読者に読ませて殊更に 気持ち悪がらせようとするのが目的の作品ではないので、 グロい部分は「グロい」と言う認識はするんだけど、 そこばかりが気になって作品に集中できない、 と言う事はない。 グロい、と言われるのも解らないでもないが、 嬉々として生造り食ったり踊り食いする人を見てグロいと 表するのであれば解るが、生き物殺生してると言う意味では 大差はないと思う。 まあ、私はカエル生で食いたいとも思わないのと同じに 生造りも食わないが、その点の良識やモラルは個人で 価値基準が違うので、その部分だけを捉えると 文学を読む楽しみは半減するだろうなぁ。 享楽を交えて食っている、と言う部分がグロいと 捉えられるのかもしれんが、子豚の丸焼き皿に載せて 飾り付けて「旨そう」と言う人が映画「ベイブ」を見て 可愛い、と言ってる事の方がグロい。 虫やカエルが口の中に入っている描写がリアルで気持ち悪い、 ってのは解るけども つーか、口に絶対入れたくないし、今じゃ触るのも無理だ。 子供の頃は平気だったが、今は蚊が寄って来ても寒気するし。 あれなんだろねー、大人になって触れなくなる感覚。 木原作品の中でも『FLAGILE』『月をわたる夜の船』『WELL』に 分類される作品に当たると思う。 なので、木原…

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2013年BL総括④個人的な総括

BL小説はほぼ読んでないので割愛。 2013年刊行の新刊は木原音瀬の『熱砂と 月のマジュヌーン』と夜光花の『サクラサク』しか 読んでいないので… 木原作品も『期限切れの初恋』はまだ未読。 そろそろ木原作品の在庫が尽きる頃で、 読みたいけど急いで読みたくない(笑) 今年も会社の休憩時間はほぼ木原音瀬の 既刊本を読んでいたのだが、今年読んだ 木原作品の順位はこうなる。 第1位:WELL 第2位:熱砂と月のマジュヌーン 第3位:Don't Worry Mama 『WELL』はどちらかと言うとSF小説として 読んだ方がしっくりするのかもしれないが、 ハナから木原作品をBL小説と思いながら 読んでいない自分の様な人間からすると 実に木原作品らしいなぁ、とひたすら 怖れ慄くばかりだった。 タブーと言うものに「嫌悪感」を先行させずに 物語として読み切らせてしまう力、と言うのに 感心するしかなかった。 タブーは読者によってラインが違うので その事象に個人的なトラウマなどが 重なる人には辛い読み物になる可能性も あると思うが、私は恐らく、木原作品に 対して運がいいんだろう。 恵まれていると言うか。 個人的には「ショタ」傾向のものは、正直 全く読みたくない。 幼年・少年辺りが大人によって性的なものを 押し付けられるような描写が苦手である。 これは『闇の子供たち』と言う小説を読んだ 影響で、自分の中の理性が幾らフィクションで あっても許さな…

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未読の既刊本のストックが尽きかけている…『あいの、うた』

物事のタイミングが意図せずになんだか 共鳴してしまう時がある。 そういう時は自分ぐっじょぶ、自分の感覚ナイス、 と思う反面、導かれたのかもしれないな、と 思う事もある。 木原音瀬の何作目になるか解らんが 既刊本の『あいの、うた』を読んだ。 マニアックで発行部数も多くはない音楽雑誌の 編集部の人間と、取材相手のミュージシャンの 第一印象悪い者同士の話が表題作で、 廃刊になった雑誌の編集長である田頭の 過去と現在の話が同時収録作品。 音楽関係の話であると同時に、創造している 人間と、創造するのを諦めた人間と、 創造する側を客観的に見る方を選ぶ人間の 話でもある。 丁度、何年振りか定かでないが、某バンドの LIVE DVDなどを買ってしまった時期に重なり、 自分で勝手にタイムリーだな、と思った事も あるが、いわゆる自分の身一つで「創作する」 全ての事に対して、自分がかつて部外者で ない所に行きたいなぁ、なんて思ってた事とか 音楽が好きで好きなバンドのLIVEに行っていた 事など、いろいろ思い出す事になった作品になった。 個人的に久保山と小菅の話の方が好きだ… コミカライズされたのも、単行本の裏にあらすじが 書かれていたのも田頭と力の話「The end of youth」 の方だったが、私は単行本で先に収録されていた 「あいの、うた」の、小菅と久保山の関係の方が好きなのだ。 全く売れてないが、編集長がお気に入りで 売れてないにも関わらずこ…

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苛酷さと滑稽さの絶妙な味付け「熱砂と月のマジュヌーン」③

木原作品は大まかだがテーマごとにジャンル 分けが可能だが、この作品はコミカル・ファンタジーの 『吸血鬼と愉快な仲間たち』 『プレイス』などと 同じ系列に当たると思う。 人道的な意味合いで音声化するのが 困難な作品が多いのだが、今回はイケるのでは… と思ったのだが、やはり難ありか(笑) タブーに挑戦する作家さんと言うイメージは 全くないが、やはり本作も難しいか… BL読みの悪癖で、読んでいると脳内で 勝手にキャストを組み立てていたりするのだが、 木原作品の音声化作品は多分殆ど聴いて いると思うのだが、聴いてから読むパターン ばかりと言う事もあり、木原作品読書中、 勝手に声がつくと言う事はほぼ皆無。 なのに非常に珍しく、この作品は読み始めから ハッサンはあんげんがいいな、と思ったので、 実現してくれると嬉しいけどなぁ。 好物同士のコラボレーションになるので。 人が真剣であればあるほど滑稽に見える コミカルさを生む描写が非常に解り易く 楽しめる作品でもあった。 ファウジの「…尻を洗った」で文字通り吹いた。 これは正に予期してない笑い… 何故予期しないか、それは奴隷の癖に 我儘で学習する事がないファウジが、自分で 洗う筈がないと読者が思い込むからで、 そこを突かないとこの一言の可笑しさは 生まれない。 滑稽さを無理なく書かれるって凄い事だ。 穴じゃないんだ、尻なんだ…もしくは あんまりもの考えない子だから、文字通り …

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苛酷さと滑稽さの絶妙な味付け「熱砂と月のマジュヌーン」②

私には「作家に飽きる」と言う前科を幾つも 持っている(笑) ずっと好きでいる過去の実績がない。 いつか、木原音瀬にも飽きる日が来るかも しれない、と常に思って読んでいる。 自分の習性として、それが来なかった事は ないので、読了後次の作品を読んだ時に (あー、面白くなかった)と思ってしまうのでは ないだろうか、と戦々恐々とする気持ちと 闘っている。 その際の自分の心の中には ・つまらなかったらどうしよう ・面白くないのにこの作家さんの作品だからと  面白いと無理やり思い込んで読んでないか この二つがせめぎ合っていたりする。 これは主に、作家が生み出してくれる筈の 面白い作品を書いてくれるであろう確信が 揺らぐか揺らがないか、と言う事になる。 それに付随するように、似て非なるものが 「劣化」である。 読者風情が偉そうに、と思う人もいるかも しれないが、作家の持つ煌き・熟練度・完成度の 高さと言うのは、数をこなせばより上等な ものになる、と言う訳ではなくて、鮮度にも 影響している。 一定の水準を守り、一定のものを読者に 届ける事ほど作家に求められている、期待 されている部分はないんじゃないだろうか。 前作よりもいいものを、と言うのは当たり前だが、 この、前作を上回ると言う作品提供ではない所で 物凄い安定感と水準を維持しているのが 木原音瀬と言う作家さんだと思う。 木原音瀬のアラブ物、さて、あの木原音瀬が BLで一つのジャンルと…

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苛酷さと滑稽さの絶妙な味付け「熱砂と月のマジュヌーン」①

木原音瀬のアラブ物なんてどんな塩梅?! しかも受けの子が美形とか… 木原音瀬の新刊『熱砂と月のマジュヌーン』。 本作を読む前に、数々の木原作品を読んだ後で、 色んなものが自分の中に木霊する。 一番初めに来るのは、木原音瀬だ、きっと いわゆるアラブ物がとんでもない代物に なっているんじゃなかろうか、と言う過剰で 身勝手な期待(笑) その裏側に、こう言う意地悪い気持ちもある。 ひょっとして木原音瀬も?!と言う、淡い 落胆… 私はあまり作家買いしない本読みだ。 昔からそうだったわけではなくて、以前はむしろ 一作品にとてつもなく感動すると、即座に その作家の既刊本を網羅する勢いで 一気に買って一気に読み耽ると言う傾向の 方が強かった。 第一作目を上回るであろうと言う期待を抱いて 一作家を短期間で読みまくるわけだ。 そうして訪れるのは、初めに読んだ一作を 越えない、と言う壁である。 これは作家本人もぶち当たる壁じゃないかと 思う。 読者にとっての一作目がイコール作家に とって世間の評価を集めた最初の作品、 と言う場合が多いんじゃないだろうか。 私は身勝手な読書家なので、本当の 偶然が訪れるまで、本の情報を集めまくって いるわけでもないので、やはりその作家の 評価が跳ね上がった瞬間の作品に気付く 場合が多い。 ダ・ヴィンチなどを熱心に読んで出版情報を チェックしていた時期もあるが、それも今は 一切やってない。 趣味は何ですか?と問わ…

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私にとっての究極のフィクションを書く木原音瀬と言う作家さん②。

現実の自分を思い起こさせるものより 自分には全く関わりのないところで 紡がれる物語の方が純粋に娯楽として 楽しめるからだろうなぁ。 現実逃避ではなく、現実で楽しむ 要素が少しでも残っているものは、 現実に成就する方が自身にとって 歓喜の度合いが高いと知っているからだ。 現実に可能性があるものをフィクションで 代替えしようと考えるか、考えないか、 これは人それぞれの趣味嗜好で、 私はフィクションに代替え行為を 求めていないので、フィクションは 自分には到底かなわないものの 方が面白いと感じるからだ。 木原作品は「痛い」と表現される事が 多々あるが、その痛さも所詮は フィクションである、と割り切れるから 引きずられずに読めるのかもしれない。 IN☆POCKETの記事の中に、木原 作品の吸引力の表現として「作品に 引きずられる」と書かれていたが、 この引きずりは勿論感じているが、 引きずられ方は人によって実は まちまちなんではないか、と思った。 作中の痛さを自分の身に置き換えて しまう人もいるだろう。 私が木原音瀬と言う作家さんの作品に 引きずられるのは、この作品を書いた 作家さんの、作品に向かう姿勢に 感服していると言う方が正しい。 物語の素晴らしさもあるが、かなりの 作品数を割と数珠繋ぎに読んで 読後に色々考えたら、作品そのもの よりも、それを書いている作家さんの 方に意識が行っている、と気付いた からだった。 書いている…

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私にとっての究極のフィクションを書く木原音瀬と言う作家さん①。

IN☆POCKETに木原音瀬特集が組まれて いて、最近本屋にめっきり行かなくなった 事もあって、この間まで気付かなかった。 早速購入して読んで、寄稿している書籍 関係の仕事をしている人たちが書いている 木原音瀬と言う作家さんへの愛情が ほぼ自分と同じ所から生まれているんだ、 と確認できた。 自分の愛情は、殆どの木原音瀬ファンが 抱いているもので、ずれてなくてよかった、 と言う気持ち。 一般誌の掲載される原稿なので、当然 萌え語りなどは一切排除されている中、 至極客観的に、それでいて「この作家さんが 好きだ」と言う気持ちが伝わって来て、 これを読んで今から木原音瀬と言う 作家さんの本を読み始める人が本当に 羨ましいと思った。 そう言えば、私もTwitterで今から木原 作品を読む、と言うツイートを流した時に 既存の木原ファンのフォロワーさんに 散々同じこと言われたなー、と思いだした。 木原作品を読んで受ける衝撃を今から 味わえるなんて幸せだ、と言う風に。 一作目を読んだ時の歓喜とか驚きは 一度しか味わえないが、木原作品は 一作目の衝撃が凄すぎて、二作目以降 その衝撃が薄れるばかり、一作目の 時に抱いた衝撃はもう味わえないんだな、 と残念さに覆われるばかりの作家さんとは 一線を引いている。 どんな作家さんも、評判の良かった 過去作を上回るものを書かなければ… と言う事に囚われる事があると思うが、 この作家さんにはそう言う気負いが …

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木原音瀬作品に毒される自分と言うもの②。

木原音瀬と言う作家さんのBL小説は 読めるけど、やっぱ小説のジャンルでは BLはあまり好きじゃないんだろうなぁ… もはや木原作品はBLだから読んで いるのではなくて、作家さんとして 好きなんだと思う。 漫画でも小説でも「BLしか読まない」と言う BL好きさんと自分は違うなぁ、と最近 つくづく思う。 それは、BLと言うジャンルが細分化され、 人それぞれに合わせて萌えポイントが 分かれているからだ、と言うのとも違うと思う。 これはTwitterで日々実感しているので あながち間違ってないと思う。 一般書に、非常にBL的で、世のBLファンが それを知らずに読んでないのは勿体ない、 と言う作品があったとする。 読んで欲しいと紹介したとして、普段から 一般書とBLを分け隔てなく読んでいる人は すんなり読み始める人が多い。 (私自身がこっちの方が好きなので、  食いつき度が上がる) しかし、BL小説しか読まない、と言う人は なんで読まないの、と言うくらい、躊躇して すぐには読まない。 その時に恐らく、一般書に書かれている と言うBL部分を自分が面白いと思えるの だろうか、と言う不安と疑心が湧くのと、 鼻からBLとして書かれてない小説には 興味がないかのどちらかじゃないかと思う。 最初からBLではない、と言う部分も 含めて読まないとBL部分に辿り着かないので 読むのが億劫になったり面倒だと感じて しまうのかもしれない。 私はまさにその逆…

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木原音瀬作品に毒される自分と言うもの①。

偉そうに聞こえるかもしれないが、特に 初めて読む作家さんに対しては、まず 気になるのが文章に違和感なく読めるか、 と言う部分だったりする。 特にBLは、BLと言うジャンルの作品が 書いてある、と言うのが第一前提に 来る。 小説としての優先度がBLとしての 面白さ・目新しさがあるか、男同志の 恋愛が劇的に書いてあるか、と言う 他のジャンルにはない読者の期待が 含まれる。 乱暴に言ってしまうと、BLとして 面白ければ、小説として書かれる文章に 拙さとか作風が表れてなくても、作品として 成り立つジャンルだと思う。 度外視されているとまでは言わないが、 文章に個性がなかろうが、言葉の使い方が 多少おかしかろうが、BLとして成り 立っていれば作品として書店に 並んでいると思う。 私は普段は一般小説、しかも海外もの しか読まないのでBL小説は数える ほどしか読んでないのだが、それでも、 「文体がおかしい」と言う所ばかりが 気になって、読み進むのに苦労した 作品があり、これは一般書ではあまり 感じられない感覚だ。 これではなくこの場合はこっちの 接続詞じゃないだろうか、とか、 国語の試験問題を考えさせられる様な そう言う部分が気になる文章がある、 と言うか。 そこで流れが途切れて、この作家さんは 人気作家さんかもしれないが、文章を 書く事に長けている訳ではないな、 とか偉そうに思ってしまって、言い方が 本当に悪いが、所詮BLか、となっ…

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ある意味、木原節の真骨頂『WELL』③。

※最大限にネタばれしています。 この作品は、今まで何冊も木原音瀬作品を 読んできたが、書かれた時期の後先などは この作家さんにはあまり意味を持たないので 全作品を一律に並べたと前置きすると、 「容赦がない」と言われがちな木原作品の 中で、しかも最も過酷な状況を描いている 作品なのに、容赦のなさに徹してない部分、 厳密に言うといつものままなんだけど、 一つの事物を二通りに読み解ける余地を 残して書いている、と言う意味で、本当に 初めてじゃないかなぁ、手心が加えられて いる様に感じた。 書かれている世界は間違いなく容赦のない 過酷さに満ち溢れているんだけども。 二通りの読み取り方が出来るとして、 表面に「幸せな描写」を持ってきて、 裏面に「怖さ」を含ませる方法と、それとは 真逆のやり方があると思う。 どちらかと言うと表「怖い」裏「幸せ」の 描写と捉えがちな作風の方だと思う。 当然、表面を盛らないので、裏面の 幸福感も盛られてはいないんだけども。 今まで読んだ作品の印象が、何事も 大袈裟に書かない作風の中に、幸せ 描写も適度でそれなりに、だった事を 考えると、この絶望の世界の中で、 最後にシンプルでさり気ない、人間の 気持ちを口にする場面を持って来て 未来を予感させるようなものと言う 「明」の方を漂わせていると言う点に 初めてじゃないかな、くらいに作者の 手心を感じてしまった。 「明」の裏には「暗」が付きものとは 解っているけれ…

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ある意味、木原節の真骨頂『WELL』②。

※最大限にネタばれしています。 むしろしのぶはこの極限の状況を 心の底から喜んでいるに違いない。 それは平常時には狂気と呼ばれる様な 物の捉え方であり、怖さだと思う。 主従関係でしかなかった亮介との 関係を、主失くして従者なし、ではなく、 従者の自分の存在失くしては亮介の 生命は維持されない状況をもたらした この事態を、神の恵み、奇跡の所業と 思っているかもしれない。 大勢の人が最悪の事態としているものが しのぶには歓喜をもたらしている。 しのぶの不気味さを一番に味わって いながら、自分一人で自由に動けない 身であるが故に、しのぶを拒絶できない 亮介。 亮介を求める権利を主張し、倫理感などに 捉われずに施行できるしのぶ。 決して受け入れた訳でも情にほだされた わけでもないのに切れない縁、と言う モチーフは、『フラジール』や『月をわたる 夜の船』『FLOWER』『POLLINATION』 などにも用いられているもので、 目に見えて解り易く肉体的に拘束する、 と言う描写がされている場合もあるが、 根底にあるのは精神的に何らかの 「脅し」をかけて拘束してしまう、逃げる 意志のパワーを半減させてしまう、と言う 魂を拘束するモチーフだと思う。 読んでいるこちらは、至極客観的に 描かれる人物の状況を俯瞰で見る事が 出来るので、そこに隙がある、その場に 立ち止まる必要はない、逃げれる、と 思ったりするのだが、逃げれない人間の 心理…

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ある意味、木原節の真骨頂『WELL』①。

読み始めて嫌な予感しかしなかったが、 木原作品なので、やはりいつものごとく 手加減なしにやるんだろうなぁ、と 半ば予想の中で読んだ『WELL』。 物語の設定が似ているので、ずっと 積んでいたコーマック・マッカーシー 原作の映画『ザ・ロード』を見ておいた。 この作品を先に読んでいたので、 嫌な予感はぷんぷんするが、どう言う 世界が描かれるか、ある程度予想を 立てる事が出来るので、いわゆる カニバリズムに対する恐怖とか 抵抗感には(こう言い方も妙だが)免疫が ついていた。 残酷な世界が展開する、と言う予感が 当たって読むのを後悔する、と言うような 事態は避けられるだろうと思いつつ読んだ。 ブログでは読後の感想を述べている訳 なので、ある程度のネタばれはある、と もしこのブログを読むことになった人は 想像して欲しい、と思いつつ書くので ネタばれがどうの、と言う描写はしない のだが、この作品に関しては、いわゆる ネタばれと言われそうな部分に触れないと 一定の描写が困難になるので、念の為、 以降、ネタバレあり、と書いておく。 予備知識なしにその作品に触れたい、 と言う意志のある方は、これ以降、 読まないで頂けると助かる… ある日、地上の一切のものが白い砂と 化した世界。 その瞬間に地下空間にいた人間は生き残り、 その生き残りの中に代議士一家の亮介と、 亮介の家で家政婦をしている母の息子である しのぶがいた。 亮介としのぶの関係は主…

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『WELL』を読み始めて映画『ザ・ロード』を観る。

『吸血鬼と愉快な仲間たち』の4巻を読み終えた ところで、既刊本の木原作品のストックが 残り少なくなっており、このまま5巻まで読んで 6巻が出るのを焦れて待つのがいいのか、 とか色々考えていると、木原作品の中でも 結構キツい、と聞いていたので楽しみに とって置いた『WELL』を、5巻を読む前に 読むことにした。 続き物をじりじり待つのは嫌いじゃないが、 6巻が出る、くらいの時に5巻を読んだ方が 作品の振り返りとかする必要がないかな、 と言う気もするので。 話の設定がいわゆる「崩壊した世界に生き 残った人間」と言うもので、すぐに頭に思い 浮かんだのがコーマック・マッカーシーの 『ザ・ロード』だった。 当然、そう言う設定になった場合に生じて くる項目の一つに、食料が欠乏している、 と言う極限状態が描かれる事は必須で、 自ずとカニバリズムが描かれる確率が ほぼ100%だろうな、と言う事は容易に 想像がつく。 私自身、カニバリズムと言うものに特に 関心もなければ興味も持っていないので そのものに対して自分の身に置き換えて 真剣に考える、と言う事もなかったし、 宗教的にどうのとか倫理的にどうのとか 理性で自分の立ち位置を確認した事もない。 『ザ・ロード』は、カニバリズムと言うものに 対して、かなり容赦のない描写がして あったので、読んだ時に腹の底に何かが 溜まって重たくなる様な感覚を味わった。 食料として同じ人間を食べる、と言う 行為そ…

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読み耽っている木原音瀬作品について…②

木原作品の登場人物たちは、総じて人間的に 未熟である場合が多い気がする。 社会人として、一家庭人として、一見一般的、 平均的な人物の様に見えて、その実、精神的には 自己中心的な子供の幼さを抱えており、故に 恋愛関係と言う密度の高い人間関係に入ると 未熟さが露呈し、感情面・肉体面で「過酷」な 経験をするようになってしまうんじゃないだろうか。 成熟していれば理路整然とした恋愛関係が築ける と言う訳ではないのだが、一見外側から解り難い 未成熟な部分は普段の生活ではさほど問題にも 不都合にもならないが、恋愛と言うカテゴリーに 入るとマイナス要因として働く、と言うか。 恋愛体質ではなくて、恋愛ジャンキーになってしまう 様を描いている作品が多い気がする。 自分が「恋愛している」と言う自覚のないうちにも 中毒症状に既に支配されている、と言う人の… どこかに破綻と言うか、マイナス要素を持っていて、 それが恋愛に関しては特にいい方に作用しない 人たち、と言うか。 立派な大人然としていい職に就いていたり、いい生活を している人間も登場するが、精神的にはどこかに 欠損部分を抱えていると言うか。 ただ愛するだけ、と言う感情の持ち方の不器用な 人が多いと言うか。 経験値が高過ぎても下手な人は下手で、経験値が 低い人は極端に低いと言うか。 ひょっとしたら、木原音瀬、と言う作家さんは、過酷な 描写をしているのではなくて、未熟さゆえに露呈してしまう 不具合、と…

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読み耽っている木原音瀬作品について…①

昨年に引き続き、既刊されている木原作品を読んでいる。 パターン化のあまり感じられない作家さんだと思っていたが、 だいぶ作品数を読んだので、ある種の類似性が見えてくる 様にもなった。 子供と大人と言う構図で、冷静に読んでしまうと、大人が 年端もいかない子供に性的な行為をなす事によって いつか大人になる子供の「譲れない相手」を刷り 込んでしまう、と言うか。 ここの所、立て続けに読んだ作品がそう言う構図だったので 類似性として自分の中にインプットされてしまったが、 『WEED』『FLOWER』『POLLINATION』の3部作シリーズの 『FLOWER』『POLLINATION』の2作も、性的なものを全く 理解してない人間に対して大人の男が手を出して… と言うものだったので、木原作品にはよく登場する 人間関係である、と言う事なんだろう。 道徳的にどうなんだろう、と言う事を考えたくなる カプリングだが、モラルで嫌悪感を感じる部分を抑えてでも 読み切ってしまえるのは、木原音瀬と言う作家さんの 作品が「面白がって」書かれてない、と知っているから だと思う。 逆に、初見で読んでしまうと、他の作品を読む原動力を 奪ってしまうかもしれないなぁ、とも思った。 そう言う面でも、リスクを背負って書かれていると思う。 作家さんも、本を売る商売をしているので、当然、 リピーターがついた方が本を読んでもらえる確率が 増えるから、自分の書きたい物の範囲がどれくらいか、 …

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泥酔した振り誘い受けの緊張感…『片思い!』。

濡れ場がエロくてどう、ではなくて、関わっている 人間の思惑とか言動とか、ないまぜになったものに 張りつめた糸の震える様、と言うのか… 木原音瀬の『片思い!』。 「エロい!」のではなくて、なんて言うんだろう、 性的なものへ向かっていく時の人間の高ぶり、 高揚感の切れ味の鋭さが素晴らしかった。 俯瞰で見て描く、と言う事はよく目にする。 これが客観的にものを表現する術として解り易いし、 私情を交えない様に描き易いと思う。 この作品の『泥酔した振り誘い受け』の場面は、 吉本の緊張感に読者が同調してしまう、と言うか そう言う書き方は俯瞰ではないと思うが、 かと言って濡れ場の粘度に支配されている訳でも なく、どこかに客観的な視点はあるのだが、 他人行儀のままでは読めない、と言うか… ・俯瞰で書く→超客観的に観察しているが如く。 ・攻め・受けどちらかの視点で描く→感情に傾く。 ・同じ部屋でまるでAVを撮影しているかの様に描く  →野次馬根性的に、覗き見感覚で。 これのどれにもあてはまらない気がする。 「客観的」に「徹した」筆致は木原作品の特徴だと 思うが、この『片思い!』で描かれた吉本が泥酔して 本当は男が好きな三笠の本性に付け込もうと 自分の体を餌にする場面に物凄い臨場感を 感じたのは、吉本の主観を通して俯瞰で見ている、 と言う感じがしたからなのかもしれない。 徹底した俯瞰(カメラが上部に設置されていて、 それを撮影している様に書く書き方)ではな…

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蔑んでいた相手こそが世の中で一番気になる人…『片思い!』。

表題作の、まるで90年代のトレンディドラマのBGMが 聴こえてきそうな雰囲気には程遠く、片思いと言う どこか奥ゆかしく希望が散りばめられている単語に 「!」がついてリズムもついているのに、この言葉が 皮肉か、と思えるほどに、この作品の主人公の 心の中は意地っ張りと自己弁護でいっぱいなんである。 木原音瀬の『片思い!』。 吉本と門脇と三笠の3人は高校時代からの腐れ縁。 ある日、三笠は唐突に自分は男が好きなホモなのだ、 と友人2人に告げて、それを自覚した相手に 猛アピールを開始し、見事に振られる。 門脇は精神的に大人なのか、何も言わないが、 吉本は密かに自分が気に入っていた人間を三笠が 好きと言っただけに、自分より人間的に劣る、 と思っていた三笠と自分が同列になってしまう 不快感に、キツい言葉や態度で三笠に接するが、 三笠は次々と男に恋しては告白し、フラれる、 と言う事を飽きもせず繰り返す。 高校在学中散々、ずっと三笠の同性への 恋バナに付き合わされてうんざりしていたのに、 よりにもよってその三笠が女性と結婚したら 同性へ恋愛感情を抱く自分の同性愛嗜好が 治るんじゃないか、とのたまって、 女性と結婚する報告をしてくる… 初め、吉本が密かに好意を抱いている相手を 三笠が「好き」なのは、潜在的に吉本も男が 好きなのを野生的な勘で三笠は見抜いていて、 先に好きだと言う事で、吉本に対してけん制をし、 邪魔しているのかと思いきや、そう言う複雑な …

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突出した悲しい受け…『惣一編』。

『月に笑う』の関連作である同人誌発行の木原音瀬の 『月に笑う 惣一編』。 がっつり任侠の登場人物の話、との事で、普段 同人誌には滅多に手を出さないのに買ってしまった… 1~6を一気に買ってその場で読み終え、7、8、は 発売を待って通販で読んだ。 作者を意識して読んだのが『秘密』なので、どうしても この作品は自分の中で特別扱いになってしまう。 常日頃から、恋愛小説を「事象」として捉え、 ミステリの手法で書かれた作品はないか、と 探し求めていたので、ここに書いている人がいる! と言う喜びが大きかっただけに、木原作品の中で どれが好きか、と言われるとやっぱり一番に 思い出してしまう。 個人的に思い入れが強い。 『箱の中』『檻の外』は、BLなんだがBLとして 読まれなくてもいいんじゃないか、と思ったもので、 これもまた特別枠の作品になる。 『美しいこと』は、ドラマCDの方が好きで、補完する 形で読んだもので、実質この作品が木原作品 初体験であったわけで、この作品も特別枠。 それ以外のところで、だいぶ既刊の木原作品を 読んだが、解り易く言う所の「痛い系」として 分類している作品の中で非常に好きな作品と 言うのが、『フラジール』と『月をわたる夜の船』の 2作なのだが、この、痛い系分類の痛い度合いが 半端ない、と言う意味で、私が好きな痛い系の 3部作としたくなる作品だった。 今まで木原作品を読んでいて、道徳的にどうだ、 と言うような部分で、ひょっ…

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誰でもいい訳じゃないが唯一無二でもなかった『HOME』。

小説は「満ち足りてない」ところから始まるものだと 思うが、木原作品には「満ち足りない状況」だけでなく 「満ち足りてない人物」が加わり、過度な飢餓状態から 始まる作品が多い気がする。 故に、独特の満ち足りた状態でエンドマークが出る。 それは概ね、最初の満ち足り無さからは前進して見える ハッピーエンドと言うか。 手放しで大円団にはならないが、描かれる人々に とっては間違いなくハッピーエンドである、と言う様な。 もしくは、読み手はハッピーエンドと言う一つの終結と 捉えるが、作中の人物たちにとっては少しだけ 前に進んだ、くらいの、そう言う些細さ。 フィクションの醍醐味は底辺から頂点へ上り詰めた時 かなりのカタルシスを得られる、と言うもんだと思うが 木原作品のフィクションの世界の醍醐味は、劇的な 状況を見た目にも楽しむのではなくて、あくまでも 登場人物の内面の変化、それがその人間にとって それこそ世界が変わって見えるような、そう言う 内面世界から外側へほんのちょっと発露する、 その些細さだと思う。 目が覚めた途端に世界の色が変わって見える、 と言うような「娯楽」ではなくて、一人の人間が感じる 幸福とか不幸とかを読み解く作業が出来る娯楽だと思う。 心理描写が素晴らしい、と言う類ではなくて、 心理描写をねちねち書かなくても読者が考えずには いられないような作風である、と言う気がする。 どこかに娯楽性がなければ「小説」として面白さが 出せる筈がない。 …

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超個人的・木原音瀬あるある。

本当の読んだ直後の、振り返って確認する作業前の 本当に読んだばっかりの時の、感覚的な感想を ブクログに書くようにして、ブログはちょっと寝かせて 頭の中で読後感を反芻させてから書く、と住み分けを しているのだが、木原作品は「感想文」には決して ならないと言うか、振り返ると粗筋さえ書いてない(笑) 毎度、なんか考えさせられるからだと思うんだが、 読み始めの頃はやっぱり普段BL小説を読まないのに なんで木原作品を読むのかな、と言う、自問自答に対する 分析を一生懸命していたような気がする。 従来のBL小説の持つイメージと言うか定型と言うか、 テンプレからは外れている為に、自分の持つBL小説に 対する認識を修正しなければならない、と言う 気持ちも働いていたと思う。 こう言う作家さんがいるのに、一昔前に飽きてしまった BL小説と言うジャンルを「読まないジャンル」にして しまうのは勿体ないんじゃないか、と言う… そう言う気持ちもあって、ジャンルで除外するのは…と 他の作家さんのものも幾つか読んでみたが、それは やっぱりBL小説であって、BLと言うジャンルの中では 物語性を感じても、一歩離れて見てみると、どれも 同じ様なものを少しずつ変えている風にしか見えず、 やっぱり木原作品以外は読まなくてもいいな、と 思っていたら、綺月陣と言う作家を見つけたり… でもまあ、恐らく私はBL小説があまり好きじゃない。 こう言う事を考えて読むかどうかなどと考えている時点で 読…

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色んな意味での二面性を考えさせられる『甘い生活!』。

読んでいる最中もそうだったが、読後に、これをBL小説と言う フィクションとして徹頭徹尾読み切ればいいのか、それとも、 やはり子供を性的に翻弄する大人の存在を忌み嫌う自分が いる、と言う風に考えればいいのか、少し難しくもあった。 間違いなく自身で虐待と言う経験をした人なら、 平常心で読み切れないだろうな、と思った。 幸運にも経験のない私でも、だいぶ色々と、小説を純粋に 楽しむ以外の処で考えさせられた。 BL小説として完結していればいいと思うのか、どうか。 木原音瀬の『甘い生活!』。 木原作品には、時にこう言う風に、社会のタブーとされる 関係性が登場する。 自閉症児に医者が手を出す話もあった。 大人同士の関係性に於いて、犯罪に発展しようがなんとも 思わないのだが、子供が絡むとそうは割り切れない部分も 自然に心の中に湧き起こる。 私自身、子供を持つ親でもないし、子供が特に好きな 大人でもないのだが、かつて子供だった自分、と言うのは 誰にでもある筈で、自分が人の親であろうが無かろうが、 子供と言う存在がどう言うものであるのか、と言うのは 知らない訳じゃないから考えてしまうんだろうなぁ。 タブーに挑戦する作家さん、と言う感じではないのだが、 一つ書き方を間違えば、読者に嫌悪感しか与えない結果に なる可能性の生ずる登場人物を果敢に作中に登場させる、 と言うイメージは強い。 一般常識的な倫理感から読んでしまうと、多少の辛さを 伴う描写もあるので、それを…

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木原作品の記憶喪失もの『COLD』シリーズ。

木原音瀬はいわゆる「大円団」は描かないなぁ。 一番合理的な完結方法で決着がつく方を選ばない、 と言うか、とても言い表すのが難しいのだが、 読者は二人の人間が最終的に結ばれる、いわゆる ハッピーエンドを望みながらもちろん作品を読むわけだが、 その、最たるものにしない、と言うか。 幸せの度合いまで盛らない、と言うか(笑) 作中の登場人物の人となりに対して、過剰に 幸せを与えない、と言うか。 飢餓感を持ったままでいさせる、と言うか。 その飢餓感は時に読者が感じるものかもしれない。 誤解を招くような表現になるのでくどくど言うと、 作中の二人は、作中の中で相応に幸せなんであるが、 BLと言うジャンルをファンタジーとして捉えた場合、 不幸な分だけ幸せが過剰に訪れるような、カタルシスを 感じる決着を描く作家さんもいると思うのだが、 木原音瀬と言う作家さんはそうしない。 奇跡は起きない。 例えば、同性愛を毛嫌いしていた身内が、改心して 二人の関係を受け入れる、なんて事が最終的な 彼らの幸せの度合いとして書かない、と言うか。 幸せを感じる感覚は、彼ら以外の人間からもたらされ、 比喩的に感じられる、もしくは読者に感じさせる ものとして解り易くは書かれない。 都合よくご褒美的に2人にミラクルは起こらないが、 この二人にとってはこの上ないハッピーエンドだろうな、 と言う描き方をしてしまうのだから、本当に自分の世界を 持った作家さんだなぁ、と思ったのがこの『COLD…

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2012年超個人的なBEST10など…(BLのみ)。

友人が、BLコミックスの2012年発売作品BEST:10を書き出して いたので、そう言えば今年ももう終わるなー、と気付き、 私もやってみることにした。 多分、ブログに書いた以上に新作を読んでいるのだが、 読んだ直後にブログを書きたくなるかどうかは別物で、 書かなかったものは読んではいるが、何かを書けるほど 何かを感じた作品ではなかったんだろうなぁ。 普通に、BL好きとして読んでしまい、ここが好き、とか、 何故好きなのか、と言う具合に、色々と考えるような事は なかったんだろうな、と。 ブログに書きたくなるものは、読んだ後に自分が何を 感じたかを具体的に整理したくなる時と、なるべく多くの 人に読んで貰いたいなぁ、と思う時だからなぁ… 書きだして見たが、読み返した回数で上位に来るのか、 何度も読み返した訳じゃないが、初読でこれはかなり好きだ、 と言うのを優先するのかが非常に、難しいところ。 しかも、一番好きな作品は未だ連載中で、来年にやっと コミックスが出る、と言う作品であった… なので、お題目に徹して順序立てることにした。 2012年発行BLコミックスBEST:10 ①雲田はるこ『新宿ラッキーホール』  http://zazie.at.webry.info/201207/article_16.html ②羽生山へび子『僕の先輩~部屋とYシャツとおめーと俺~』  http://zazie.at.webry.info/201207/article_3.…

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木原作品には人間同士の恋愛観が描いてある…『B.L.T』。

久しぶりに木原作品に戻ってきた訳だが、「負」のイメージが 強いきっかけから、接点のない者同士が出会って、 当然BLだから「恋愛もの」に発展する訳だが、ここから どう言う具合に持って行くのだろう、と言う先の読めなさ感が やはりこの作家の最大の特徴かもしれない。 読者の予想を裏切る、と言う部分に焦点を絞って 書かれる物はたくさんあるだろうけど、大どんでん返しとか、 そう言う類の驚きではなく、出会いとしてあまりにも これから先を進んでいくのが難しそうな二人、と言うのを 好んで書かれていると思う。 木原音瀬の『B.L.T』も然り。 「有りがち」ではなくて、むしろ、あまりその出会いに BL的なトキメキを想起させない二人を描く、と言うか。 電車の中で魔が差して中学生に痴漢を働く社会人の男と、 痴漢の被害者である中学生。 中学生の北澤少年は男を脅す事を思い付き、接触を図る。 男も後ろめたいので、少年が気まぐれに自分を脅すのに 付き合うが、少年が今以上に悪どい所業に出るわけでもなく、 2人の関係は脅迫者と脅迫される者、と言うどす黒い方へ 発展はしない。 発展しないから余計に不気味に感じられる。 こう言うところがたびたび木原作品に出てくる得体の知れなさ。 ここを突き通して本当に怖い方へ進む作品もあるが、 突き通さなくても十分に不気味だ。 それを、脅迫する側の北澤少年の心情をくどくど書いて 不気味さ・怖さを出すのではなく、北澤少年自身の不安定な 精神状態を思…

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お金がないと言うこと、親に恵まれないと言うこと『リバーズエンド』①。

焦らに焦らされた木原音瀬の『リバーズエンド』。 ある方のご好意に因り、『リバーズエンド』だけは先に読む 機会を貰ったが、ブログに書くのは本が発売された後にしよう、 と思っていたので今頃になってしまった。 『キャッスルマンゴー』2巻読了後に書いたように、『リバーズエンド』を 読んでいなければ、『キャッスルマンゴー』と言うコミカライズには さほど執着を持たずに終わったかも知れなかった。 十亀が何故今の十亀になったのか、と言う面が解らなければ 過去に何かがあったのは想像がつくが、記号として世の中に 期待しないやさぐれた中年と言う設定でしかなかったからだ。 諦観モードで生きて行く人間は、必ず過去にそうさせる何かを 脊負っているもんだが、その背負い具合が「虚構」に近く、 過剰に「粉飾」されていたものだ、と言う印象を受けた途端に 鼻白むくらいに自分がひねくれているので、十亀の具体的な その部分がコミックス1巻だけではいまいち分からなかった。 正直、原作:木原音瀬を気付かなかったら、とっくに手放して いたかもしれない1巻だったのだ。 『リバーズエンド』を本が発行される前に読まなかったら 手放していたかもしれないんだから、本との縁とは不思議なものだ。 木原作品に対して容赦がない、と言う表現をよく耳にするが、 数作品読んだ後でも、私は殆どそう言う印象がない。 「誇大表現をしない」と言う事が、逆に「容赦がない」と言うものへ 通じていると思う。 良い方にも悪い方にも誇調…

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木原作品のコミカライズは…『キャッスル・マンゴー』第2巻(完)。

木原作品のコミカライズは恐らく難しいのだ。 『キャッスルマンゴー』完結の2巻目を読んだが、筋は原作者が 作っていると言っても、ビジュアルを表現する漫画家の絵の 「タッチ」や「雰囲気」「リズム」と言うような言葉で表しにくい 感覚的なものは、幾ら原作の陰に隠そうとしても漏れ出てしまうし、 また、そう言う個性を消してコミカライズするのであれば、 コミカライズする意味自体が失われてしまう。 木原作品のコミカライズを幾つか読んだが、正直、どの作品も 木原作品を文章のみで読む時以上に面白く感じたか、と言えば、 逆だったな、と言う気がする。 原作者が木原音瀬、と知ってから読んだので余計にそう感じるのかも しれないが、原作者を知らなかったらそもそも触手が動いてない、 かもしれない… なんか「毒気が抜ける」と言うのか、そう言う感じが凄くした。 『キャッスルマンゴー』は原作として小説がある訳ではなく、 コミカライズする、と言う目的で書かれたものだと思うので、 実際にコミカライズする元を作者がどういう具合に書いているのか 不明だが、白状すると、1巻目をTwitter上で煽られて購入して 読んでみたはいいけど、正直、どこが面白いのか解らなかった。 濡れ場らしい濡れ場もないし、ラブホテルが実家である万と悟の 兄弟の設定も突飛なようでそうでもないし、人気作家が描けば なんでも売れるのか…と言うくらいにしか思っていなかった。 その後に木原作品を読むようになって、そう言えば『キ…

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