大好きなARUKUさん…『マイガール』書籍化希望!!

ぐわーーーーーっ!!!!! すっげぇ好きだ、こう言うの待ってましたよ…ARUKUさん… ホント大好きだ。 読後の雄たけびだ。 『ハスネサイコロジー』以前と以後とで、作者の描きたいものが もしかしてこっち側(以後の方)で、ツイート拝読してると、 自分の描きたいものが描けない環境なのかな、とか。 以前の「持ってないモノの孤独を丁寧に繊細に描く」事に 疲れてしまったのかな、正に身を削ってたのかな…と 思ったりしていた。 原作側に回ったり…何か色々あるのかな、この人も筆を 折ってしまうのではないか…と私の個人的な憶測で ハラハラしてたりしたが、私が未だBLと言うジャンルから 完全撤廃してないのはARUKUさんの『マイガール』の様な 作品を読みたいからで、繋とめてくれる作家さんの一人であるのは 間違いない。 ファッションBLとか、萌え重視とか、エロがどうとか、 カップリングの奇抜さとか、そう言うのどうでもいい読者も いるんですよ… 男同士がいちゃいちゃしてるのが楽しい訳じゃない。 そう言うものを描かないと「売れない」「読まれない」とか言う 風潮なんだとしたら嘆かわしいとしか言えない。 BLは「ジャンル」である前に、大多数の女子の「生き方」 「考え方」「人との付き合い方」の難しさに踏み込んでいる ジャンルであって欲しいんですよ。 人間同士の付き合いに性的なものは無論含まれるので、 性行為は否定しないが「エロ」と言う単語でカジュアル化するのは 違…

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愛の形に名前はない…モチメ子『豊潤なごほうび』再読。

『東京喰種』まみれで、頭を切り替えて読むのが難しいので 敢えてBLを読んでない今日この頃。 物語力で比べてしまうと、身も蓋もない言い方をすると 男×男が如何に両想いに至るか、と言う筋道が約束されている BLの物語幅は決して広くない。 男×男がくっつく様のバリエーションを純粋に楽しめる心境なら 問題ないんだけど、男×男の恋愛ものには舞台設定の 限界がある。 取り巻く環境ごと描こうとすると話が広がり過ぎて 根幹がブレるし、かと言って主軸になる男×男だけの心情だけを これでもかと描かれても、物語は広がらないのだ。 そんな中、どうしても読みたい場面が浮かんできて再読、 モチメ子の『豊潤なごほうび』。 この作品以降、作者の新刊が出ていないのに気付いたのも 再読した瞬間で、もしかしたらそれはこの作品に答えが 描かれているのかも、と言う気がした。 ヤクザの会長が引退して農業をやる、一つの仕事を終えた男が 次は「残せる仕事がしたい」と会長引退、郊外の耕作放棄地を買い、 スイートソルガムを栽培する。 荒んだ境遇から自分の舎弟に迎えてくれた会長に 迷いのない真っ直ぐな忠義新で弾除け志願した青年・つかさ。 会長に付いて来て、ヤクザから足を洗った石田と尾美。 石田組の総会屋の五十嵐、農業大学生で会長の農業の 具体的な助言を行っている森川。 そして、会長の5歳の養女・礼子を誘拐して身代金で借金を 清算しようとした頭の悪いホスト崩れの康介。 実は康介と不法滞在して国…

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徹底的にシンプルなのに癒し効果絶大な『友人が勇者』。

最近、とんとBLからはご無沙汰である。 ご無沙汰の原因は『東京喰種』にトチ狂っているからで、 考察してる時間が取られるのと、実質頭の中がグールでいっぱいで 他の情報の入る余地がない、と言う事もある。 そんな中、チョコドーナツの『ネコにさよなら』を読んで、 同作者の作品好きだなぁ、と思った『友人が勇者』再読。 余計なことが書かれてないのに単純な事の奥が深い物語、 最初に読んだ時の印象そのまんまだったが、一見色気も何も なさそうに見えるタイトルの深さに唸った。 この作品の登場人物には「役割」はあるが個人を識別する名前がない、 仮想空間のお話だからである。 RPGの世界で魔王を倒す為に死にながらLVを上げる勇者。 彼は死ぬ度に一旦「天国」にある小さな羊の雲の上にやって来る。 そこには羊飼いの青年がいて、羊の世話をしながら暮らしている。 勇者はだいぶ前から(仮想空間での死を繰り返す度に)羊飼いの 「カイ」の事が好きである。 「カイ」は呼ぶ時に名前が必要だ、と言って、勇者の彼が羊飼いを 呼ぶ時に付けた名前である。 日常の中に於いて「名無し」で物語を構築するのは難易度が高い。 似た様なポジションの人間が多い為に、名前がないと人物描写に 混乱を来すわけで、そう言う意味でも作品の中の登場人物自体の 数が限られている為、名前ではなく「役割」での表記でも物語が 構築できてしまうのだが、この全てが仮想空間の中で行われている様な 作品なのだが、その代わりにとても「…

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愛は人間の「情」の一つである…『極東追憶博物館』。

遥々アルクさん名義の『極東追憶博物館』久々に読んで、 ずーっと思ってるけど冒頭作の『ギャンブラー大竹』…大好きだわ!! たった22Pで二人の関係性が手に取るように解る。 斉木の 「世界中の誰だってな どうにもならない気持ちを抱えたまま 懸命に生きとんのじゃ このボケ!!」 と言う言葉… 大竹は斉木に告白できたんかな(笑) 表題作の『極東追憶博物館』にはこの曲が無茶苦茶に合う… Hymne - Era 何度目かもう数えきれないけど再読。 本作を含め、初期の作品には特に作者自身のとても繊細な心が 映し出されていると思う。 登場人物の多くを欲しがらない心、その心根の美しさに泣けてくるんだよね… 胸がいっぱいになるよ…何回読んでも… ARUKUさんは言葉も綺麗に使われるので(モノローグの文体とか) 小説を書かれてた事もあったんじゃないか、って思ってるんだけど 違うのかなぁ… 表題作は取るに足らない自分の存在を自虐的に嘆く事なく、 失ったものへの想いに哀しみを覚えながら、細々とした生を生きている、 そんな自分に目を止めてくれた人へ、その人が愛する部分を 切り取ってあげたい、その人に自分が失った喜びを与えたいが為に… そんな事が出来る純粋さがたった26Pに描いてある…。 恋愛である感情に苦悩する様よりも、人間の「情」の在るがままを 描いた結果が男同士の場合もあると言うより、人間愛は性別で 決まるもんじゃない、「情」なんだ、と言う描き方のもの…

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BLフィルターを取っ払ってBLを読む。

BLジャンルにこだわらずに読もうと言う欲求を 満たそうと思うと、物凄い量の漫画や小説が 世に溢れている事に気付く。 如何に狭いジャンルの中で読書欲を満たそうと していたかが今なら解る。 BLはやはり自分にとっては特別なジャンルには 違いないのだが、BLだからBLを読みたいと言う 欲求は満たされるが、面白い漫画を読みたい、 と言う広義的な意味合いに於いては「満たされない」 ものまで、BLジャンルだから、と言う何の根拠もない 理屈に縛られて読んでいたのだ… 漫画と言うジャンルとして面白いかどうかは BLとして成り立つか否か、とは全く関係ない。 BLであろうが、漫画として面白くなければならない、 と言う事に気付いてしまったのだ… BLと言うジャンルを甘やかして読んでいたんだな。 (あくまでも私個人の事であり、全てのBL読者に  言える事ではない) BL読者はその漫画本一冊が「BLである」と承知で 読んでいる場合が殆どだろう。 それを外して読む事が出来るか、と言う事だ。 以前の私はそれが出来なかったし、する必要もないと 思っていた。 「BLが読みたいんだから」で済んでいた。 考えたことすらなかっただろう。 BLに対して「萌える」と言う精神状態を約束させて くれるもの、と言う期待でしか選別してなかったので、 BLであれば良かったわけである。 BLを読むのに理屈なんか要らなかった。 BLを読んだ時に得られる「萌え」さえ味わえれば 良かった訳で、多…

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ケンジが生き残ってくれて本当に良かった…『晴れときどき、わかば荘 まあまあ』

作者の作品に号泣させられるのは二度目である。 もう、何回も何回も書いているが、羽生山へび子の 商業初コミックスである『僕の先輩』の、「土曜も日曜も たくさん遊んでくれてありがとう」をはじめが言うあの場面、 あそこに差し掛かると自動涙腺崩壊機に頭を突っ込んだ様に 十二分に承知している筈なのに号泣してしまう。 イァハーツ連載で読んでいたので、実はコミックスは 他の本を一緒に通販した為、未だに手元に届いてないが、 コミックス発売後と言うのでようやく書ける。 『晴れときどき、わかば荘 あらあら』と『まあまあ』で 完結する作品。 春野わかばと言う、男性なんだけど楚々とした日本美人風に 和服を着こなすわかばママが経営する飯処と、ママが 管理にしているわかば荘の住人達のオムニバス形式の 作品である。 『あらあら』時点では、住人の恋模様が語られている為、 わかばママの存在は個性豊かな住人たちを見守る 寮母さん的存在にしか過ぎない。 作品の最後に、わかばのお話が出てくる訳だ。 わかばママのエピソードで、他の住人のエピソードが 失礼かもしれないが吹っ飛んでしまって、もう、繰り返し 繰り返し読んでしまう… 羽生山へび子(改めて書くとペンネームのネーミングセンス… スゴイな…)を語る時によく言われる「昭和テイスト」は 本作でも健在で、それはもう、この作者ワン・アンド・オンリーの ものとして確立している。 昭和テイストを「古臭い」ではなく「懐かしい」と思わせる手腕…

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中毒者の気付きに通じるものがある『夜はともだち』

井戸ぎほうの『夜はともだち』を読んだ。 体調云々もあるが、BLと言うジャンル自体に疑いを 持ち始めて、買っている新刊も読む気にならず、 コミックスは買ったその日に読むのが常だったのが どうしても読む気になれない。 読む動機がない…と言う心持ちが拭えず、 どうしたもんかな、と思っていたんだが、自然に 手が動いて読み始めていた。 学校の門前で男と痴話げんかを披露している 飛田と男の間に仲裁に入り、そこから「男と痴話げんかを する人間とはどう言う人間なんだろう」と真澄が興味を 示す事で、飛田の「苛めれ虐げられ物の様に扱われる 事で性的興奮を得る」と言う性癖があると知り、 興味があるならやってみないか、と言う感じで 飛田主体で二人の間に疑似性行為を行う習慣が 作られる。 飛田は「真性のM」なので、縛られ、肉体に苦痛を 与えられる事でより性的に興奮度が増す、と言う事が 判って来て、真澄は「お道具」を自分で買いそろえて それを使ったりする。 縄の縛り方が上手くいかない、とぼやいていると 真澄が生意気に口を挟んだので、そう言う時は 俺の許可なく喋るな、とお仕置きを与える役目を担う。 真澄は手探りではあるが、確実に飛田が喜ぶよう、 飛田のルールに則って行為を行う。 読み始めは、よく見かける「過去に虐待を受けて 性癖が歪んでしまった」飛田なのかな、と思うと、 真澄は元々ノーマルな性癖の持ち主で、飛田と 違ってゲイでもない訳だから、この関係はあくまで…

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BLと言うよりおとぎ話風SF短編『何処無市ラブストーリー』

先日に引き続き、ARUKUの『画家と音楽家』に収録されている 『何処無市ラブストーリー』。 内務省の高官であるツバクロは、ある日図書館で 子供に絵本の読み聞かせをしている青年を見かける。 読み聞かせがとても上手い彼に興味を持って 声を掛けようとするが、彼は「名も無き人」が住む 地域に入ってしまう。 「名もなき人々」とは、アルツハイマー症とは違い、 経験した事の記憶はあるのだが、名詞、及び 固有名詞となるものの「名前」を忘れてしまう、 という症状を持つ人たちの事で、その青年も 「名もなき人々」であり、自分の名前さえ忘れてしまうので 名前さえ持たない。 青年は次の日には忘れてしまう物の名前を ノートに綴っている。 そうだった、これの名前はここに書いていたんだった、 と言うように。 恐らく、忘れてしまっているのだから、ノートに書かれた どの名前が今見ているものの名前なのかを結びつけるもの とても難しい事に違いない。 ど忘れではないからだ。 経験としての記憶はあるので、物と経験をどう結び付けるか、 ノートを開くたびに青年は自分に失望する事だろう。 「名もなき人々」たちは、自分の手が「手」である事さえ 忘れて、最後にはただうずくまるだけの生きた屍になる。 そう言う病気がある世界、と言う設定のARUKU作品。 久しぶりに目覚めも良く、天気もよく体調も良いように 思われたので、河原に散歩に出かけた。 お昼までには帰ってくるつもりで、ペットボトル…

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一度でも創作に手を染めた事のある人は読んで…『画家と音楽家』

また読んでしまった、ARUKU著『画家と音楽家』。 天才ともてはやされ、業界の寵児だった作曲家は スランプに陥っている。 自分の生み出す音楽が排出する「金」に群がる人々に 叩きのめされ、人間不信に陥り、そして音楽を作る事も 出来なくなっている。 彼を傲慢だと言って責める人間にほとほと疲れて しまっている。 貧乏な画家は下町の集合住宅の一室で細々と 絵を描きながら、ペンキ塗りのバイトをし、糊口を凌いでいる。 やっと手に入れたわずかなお金を、絵の具代と食費に 当てようとするが、辛い現実を忘れたいが為にパンを 買わず、お酒を買って酔う事でひとときでも ふわふわした気持でいたいと思ってしまう。 画家の名前はゾゾ。 音楽家の名前はギラン。 ペンキ塗りをしてる画家の下を通りかかり、ぶちまけた ペンキを被ったのが音楽家、と言う出会いだった。 画家は上着を弁償します、それがなくなった母の 教えだったから、と画家がいつもお茶を飲んでいる カフェにわずかなお金を持って行く。 音楽家はそんな金など要らない、到底お前に弁償出来る 金額じゃない、と画家を突き放そうとする。 ARUKU作品を私が毎回手放しで褒めている様に 思えるかもしれないが、私はARUKU作品を読むたびに その作品の中の登場人物が他者からの無遠慮な 言葉に傷付いている描写は、作家本人が味わった 本当の話じゃないかな、と思うからだ。 今もそう言う部分で苦悩しながらも地反吐を吐いても 漫画を…

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2月6日ツイートまとめ『BLについてまだまだ考える』後編

攻略ゲーム的と思う作品は、初読時は凄く面白い、 が、後を引かない。 白状するとSHOOWAさんもARUKUさんも初読時は 何も考えずに読んでしまい、だが読後なんか引っ掛かる、 なんかちゃんと読めてない気がする、と思って二度目を 読んだ時に構成力の凄さにビビったんだよな… 後を引くってこう言う事。 『僕の先輩』なんかは初読時でもう、凄かった。 オリジナリティが物凄かった。 私も正確には出戻りなので、戻った一年くらいは BL読む感覚がまだ掴めてなかったんだろう、 全盛期(笑)辺りは初読の瞬間にあくまでも自分基準の 「凄い」から「後を引く」も同時に来るようになったが。 「じわじわ型」と「瞬発型」があるんじゃなかろうか。 「じわじわ型」は脳内に擦り込まれる。 「瞬発型」と「じわじわ型」が併発する作品はよくよく考えると 非常に稀な存在感だ。『僕の先輩』が正にそう… (しつこい・笑)。 本気で白状してしまうと、作中の二人の関係が 「この二人だからいいんだよねー」 って感想聞くのがもう、辟易しちゃってるんだよ、 「で?」って言いたくなる。 何を感じたのか、どうしてこの二人が人間関係を結ぶに 至ったか、何故恋愛関係までに発展したのか、内面を語れよ、 「萌え」ポイントではなくて、って荒んだ気持ちになる。 それは「疑似人間関係」を体験している事にならないか。 誰かの内面を考える、と言う行為を架空の人物で 訓練している事になるんじゃないか。 作者の記号…

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2月6日ツイートまとめ『BLについてまだまだ考える』前編

私が患っているらしい神経症については年末に 書いたので割愛するが、原因は色々あろうが、 現在の自分の精神構造が思春期時にそうであった様な 「頑なな潔癖さ」に支配されているような感覚がある。 肉体的には当たり前に衰えているのだが、頭の中は あの頃の、イマドキ風に例えると「尖がっている」と言う ああ言う感じになっているような気がする。 四十イライラしてしまうので、十代の時に自分の 思い通りにならない世界で斜に構え小馬鹿にしていた 青臭さ、あの感じになり、許容する範囲が狭くなっている 気がしないでもない。 常用している薬の影響なのか、ホルモンのバランスが おかしいからか、恐らく何故そうなのかはずっと 解らないのかもしれないが、本来の私の本質は 思春期中に形作られたものであり、言うなれば 神経症を患う事で「よそゆきに自分のエゴを出さずに 済むところでは大人な対応として出さないでおこう」 と言う事が苦痛やストレスの引き金になっているんだと思う。 ツイッタ―もやり始めて丸5年が過ぎたようだが、 自分のエゴを引っ込めてしまうと正直、つぶやく事が ない、と言うのには昨年薄々気付いていた事だ。 趣味のBL読みが影を潜めてくると、ツイッターで情報を 得ようとする動機もなくなる。 同時に、ブログを更新する動機もなくなり、昨年、 通院を始めた7月から書く事がなくなった。 読まないから感想も書けない、って当たり前の事だが、 自分のブログが如何にBL読書記録になっていた…

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年初めにBLと言うジャンルを考える。

年が明けてしまった…昨年は結局後半はほぼ ブログに書く事がなかった。 Twitterをやり始めてからも、思った事はその場で ツイートしてしまうとわざわざブログ書く必要ないな、 と思う事がしばしばだったが、それに拍車が かかってしまったと言うか。 Twitter自体も依然と比べたら呟く量は格段に 減ってしまったし、自分自身から言葉を発する事に 積極的な姿勢がなくなって来たんだろうなぁ。 いつの間にかブログ自体が「BL読後の感想文」 と言う体を成してしまっていたので、余計に書く事が なくなってきた。 BL読む量が減ってしまっているのだから、 感想なんぞ抱ける筈もなく、書ける筈がない。 ホルモンバランスの話は年末に書いたが、 それが確実に影響しているのは解っているが、 前から好きな作家さんの好きな作品はやっぱり 読みたいと思うので、BL読む動機の線引きが 自分の中で勝手に上がってしまったんじゃなかろうか。 BLと言うジャンルに対して、BLであれば多少の事も 目を瞑ろう、と言う寛大さ(偉そうな物言いになるが)が 無くなってしまった、と言うのが一番言い得ているかも。 私はずっと「満たされないものを抱えて生きている」 人間がBLを読んでいると思っていた。 無論サブカルである以上「娯楽」と言う面も 必ず持っているわけで「楽しければいい」で 読むだけでも良いに違いないが、楽しければいいので あれば何もBLじゃなくてもアニメでも声萌えでも 他に色々楽し…

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BL読者にあるまじき体たらくぶりな2014年だった…

今年はBL読者としてはぼんくらな一年だった。 ブログもろくに書けてないのは、作品を読んでないのと 読んでも何も思わない事が多かったからだ。 何も思わないのはちょっと違うな、BLを読んだ時に 自分が感じたいであろう何かがどこかに 行ってしまったような感じになって、読後に 作品を反芻する時間が持てなくなってしまった、 と言うのが正しい表現かもしれない。 読む、と言う行為を行っているだけ、と言う 感じになってしまった。 BLは恋愛を扱っている作品なので、大きくくると 「恋愛もの」である訳で、全く恋愛体質ではない私は 常日頃から「恋愛もの」には全く興味がない。 映画も見なければ漫画も読まない。 なのに恋愛が書いてあるBLだけ読むのか。 それはやはり、倫理的にタブーとされている 同性同士の恋愛であるからこそ、成就される瞬間、 もしくは性別を超えて相手の人間が好きであると 自覚する瞬間、「煌き」とでも言うか、もっと平易に 言い表すと「キュンとする」瞬間がきちんと描かれ それが効果となっているか否か、その「きゅん」が きちんと読者に伝わる形で描かれていれば、 BL作品としては成り立っている、と思っていたが、 現在BLがあまりにも読めなくなっているのは、 自分の中に「きゅん」を受信する受動機が欠けてしまった、 もしくは、BL的に「きゅん」表現は出来てはいても 漫画と言うジャンルの一作品と考えると全体像が霞む、 BLの範疇でこそ作品として成り立つが、一般作と…

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私の中で殿堂入り『ニィーニの森』。

BL倦怠期真っ只中に、SHOOWAの『ニィーニの森』再読。 なんかBL読みたいと思わないな…と言う自分の BLへの欲求のなさから目をそらす事が出来なくなり、 では、BLが嫌いになったのか、と言うと全くそうでは なくて、ただ、読もうと思う作品がかなり絞り込まれ、 その絞り込み方も自分にしか解らないルールで、 人気とか売れているとか話題であるとか、ほんと どうでもいいわ、と言う境地に至った、と言うべきか。 好きな作家さんが固定化されてしまった、と言う事も 大きいと思うし、新しい作家さんへの興味が湧かないのも 好きな作家さんのこの作品を越える物が早々に 生まれるもんだろうか、と言う斜に構えた心境に あるせいもある。 なので、好きな作家さんの作品は何度も読んで 頭の中に入っていても、読む度に新鮮な気持ちに なって、やはり物語を楽しんで読んでしまうし、 琴線も揺さぶられまくる。 on BLUEはずっと購読しているので、『ニィーニの森』も 第1話から雑誌掲載時に読んでいた訳だが、 再読して第2話目のウルフとココのお話に心が 持って行かれてしまった。 コミックスで通し読みした時も、この第2話がどうにも やるせないけど、こんなに想われているココが 幸せな人生を送らない訳がない、と涙線崩壊した。 (発売されて日が経っているので読んでいる人は  多かろうからあらすじなどは割愛) 誰かの為に自分の生を差し出せること、 誰かの為にいつまでも待つと言うこと、 …

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睡眠障害と自律神経失調発症中。

4年ほど前から体調がおかしくなり、更年期なのか 自律神経失調症なのか、単に鬱にでもなったのか、 と思いつつ、生来の「病院嫌い」でずるずると 今年まで引きずり、このままでは仕事に行けなくなる、 と言うマイナス思考でようやく重い腰を上げて、 内科・婦人科・心療内科を次々に受診したのが 今年の7月から。 4年前から、とにかくほぼ寝てない・寝られない状態で 日々生きていた訳だが、体調が悪い・ストレスが 余計にストレスとしてのしかかってくると言う悪循環で 「ご飯を食べる動作さえしんどい」と言う所まで行ってた。 元々寝つきが悪いので「寝付きにくい」のは私にとっては 普通の事なのだが、ベッドに入ってから朝の4時頃に ならないと寝れないから始まり、朝の7時頃まで どうも起きている、いや、そもそも起床時刻まで 寝た記憶がない、となって、体を動かすのが億劫、 人と会話するのが億劫、ストレスを感じていれば 休みの日に爆睡していた頃が懐かしい、と言うくらい とにかく「睡眠」を取ってない状態は異常だ、と思い知った。 寝付ける為の「入眠剤」は内科で処方される道筋が 出来たが、それでもやっぱりとにかく体が重い、 そして、処方された入眠剤では目が覚めてしまう様に なると、更に強い入眠剤を処方される、それを飲むと 寝れるのはいいが、今度は昼間仕事中に眠気が 抜けない悪循環に陥り、内科の先生には婦人科か 心療内科に行け、と言う風に言われる。 婦人科に行くと、ホルモン療法をする、と言…

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ヨネちゃんを愛でる幸せ…『ほっぺにひまわり』。

初読みの三田織作品『ほっぺにひまわり』。 ヨネちゃんとアライくん、遥とりっちゃんと言う2カプの お話が収められている作者2冊目のコミックスだそうだ。 お勧めを受けても警戒して容易に手を出さない私(笑)。 お勧め受けなかったら知らずに終わっていたかも しれないので、お勧めされて表紙絵見て来て、 これは買おう、と思ってしまった流れ。 デブキャラ、と言えば木原音瀬の『Don't Worry Mama』 ぐらいしか思い付かないし、好んでデブキャラものを 読む趣味もない。 なんせ自分自身がぽっちゃりなので、デブキャラほど 現実を思い出させるものはないから、無論好んで 読む筈がない。 だが、表紙の、前に立つぽっちゃりした背の低い 猫っ毛っぽい男の子と、後ろに立つ背が高くて短髪で 精悍な顔つきの男の子との2ショット絵のほのぼのした 具合がとても良くて、お勧めもあり購入。 二人の見た目の違い具合にピンと来たのかもしれん。 真逆のものの組み合わせはなんだって興味深い。 これは何かがある、と思うかどうかはレビュー記事に 使われている言葉もあるが、勘である、と言うしかない。 色んな意味で信用している相手に勧められたから 読むか、実はこれが動機で読むのにはある種の 勇気が伴う。 TwitterのTL上で偶然見かけたものは不特定多数の 相手のつぶやきとも言い切れるが、お勧めする相手が 特定されている場合は、読了した後の感想を 求められているものを考える。 もし…

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贖罪の念から自分を傷め続ける青年の物語『マリアボーイ』。

今月はかなりBLにお金を使っている… いつの間にかこんなに買っていた、と言う感じだが、 それは病院に通わなければいけないので、休みの日に 外出せねばならず、どうせ早起きして外に出たのであれば 買い物にでも行って気晴らししたい、と言う面倒くさがりの 「ついでに」と言う気持ちが大きいからに他ならない。 行かねばならない用事がない限り、休みの日は家で 好きな事をしていたいので、ついでがなければ あまり外へ買い物に行く事もないんだが… とは言え、数年前のように人気作家のものはとりあえず 読んでおく、と言う買い方は止めたので、これでも だいぶマシになっていると思うのだが、未読の 作家さんと言う魔窟が待っていた、と言う感じ。 Amazonで検索をかけていた時にお勧め的に 表示されて、どうしても表紙絵が気になってしまい、 レビューを読んで、これはどっちに転ぶのだろう、 と半信半疑だったのだが、本屋で手に取った瞬間に レジに持って行ってしまっていた、木村ヒデサトの 『マリアボーイ』。 同級生の男の子が外交的な友達の事を密かに 好きで、その気持ちは伝えられないけど揺るがない、 と言う思春期の男の子の恋心の話か…と 思って読み始めると、物凄い変化球が待ち構えている、 とでも言うのか、とにかく展開の落差が「こう来たか!!」 と言うとてもわくわくする代物で、見つけちゃったよ、 おい!!と言う喜びが味わえる作品。 Amazonで検索をかけていた時に「他の人はこんな …

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孤独の意味を知っている作者の最高傑作『地上で最も美しい生き物』。

私はARUKUと言う作家さんが(遙々アルク名義の 作品もあり)とても好きだ。 『画家と音楽家』の巻末に収録されている 『地上で最も美しい生き物』と言う作品がある。 単なる信奉者と捉えられても仕方ないのだが、 それでもいい、とにかく好きなのだ… ぶっちゃけてしまうと、BLジャンルが好きな人が ARUKU作品を読んでない、と言うのは解せない、 と身勝手に思ってしまうくらい好きだ。 読んでない人は損をしていると思うくらい、 好きなのだ… 『地上で最も美しい生き物』は寓話的な お話でもある。 人口密度の低い田舎の町に住む聴覚障害の 菰田青年と、田舎に帰り実家の厩を継ぎ、病気の 母親の世話をする黒川青年とのお話だ。 障害のある青年は、父親の解らない出自である事と、 母親が都会で水商売をしていたと言う事で ずっと差別を受けながら生まれた町で暮らしている。 その暮らしは慎ましく、出張役場で仕事をしているが 障害者枠で雇われていると陰口を叩かれている。 都会から田舎へ戻り、実家を継ぎ、母の面倒を 見る厩の青年の事を「偉い人だ」と思って 憧憬の目で見ている。 この作品には頑張っている人間を陰で見守る 「妖精」がいる、と言う寓話性や、鶴の恩返し的な お伽話の要素を多分に含んでいる。 ある意味で、人物設定がそれくらい解り易く 配置されている。 むしろ日本の昔話的、と言うか。 誰だか分らないけれど自分に親切にしてくれる モノが在る、それはまるでギフトの…

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思春期・学生ものの「良作」…『紅い椿と悪い虫』。

乱暴な言い方だが、高校生もの、いわゆる学生ものと 言うジャンルは「駄作」か「傑作」しかない、と思っている。 個人的に10代と言う精神的・肉体的に未熟な時期に 積極的に性的なものに晒される必要はないと思うので 元々BLジャンルの中では「学生もの」が苦手だ。 10代で性的なものに触れなくとも、人間は勝手に オトナになるものなので、特に自分の肉体に自分で 責任が取れる様になった時でも「同性を選ぶ」と言う 描かれ方の方がBLとしての説得力が増すからだ。 学生時代、思春期なんぞ誰もが経験している。 その誰もが経験している、通過してきた時代を 捉えて描く訳だから、本来学生もののハードルは とても高いと思っている。 自分が経験した事のない10代、自分と似たような 10代、そのどちらかしかないだろうから、物語構築に 対しての基準は高い筈なのだ。 10代の頃の楽しさや嬉しさ、悲しみ、辛さが 解らない人間なんていないだろう。 誰もが一度は経験している年代を描く訳だから 「傑作」か「駄作」しかないと思う訳だ。 言い換えれば「10代のみずみずしい精神を描いて」 ある事に「傑作」だと思うか、「10代の振りした 所詮大人」なだけの「凡作」か、若い子にエロい 事をさせるだけの「駄作」か。 大人になる前の10代の精神世界を描くのが どんなに難しいか。 BLだからなんでも許されるに甘えずに年齢相応な 人物造形を行う事の難しさ。 描く人間は既に大人であるのに、大人の考え…

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怒りの矛先と代替え行為…『紅い椿と悪い虫』

完全に初読み作品・作家さんの、博士の 『紅い椿と悪い虫』。 転校初日、クラスメイトの前で自己紹介の際、 自分はゲイである、と公言する必要があるか、 ないか、ここで引っかかってしまうとこの作品は 楽しみが半減する気がする。 前の学校で「ゲイである自分」を気付かせた人間に こっ酷いめに遭わされたからと言って、自分の事を 何一つ知らない人間にセクシャリティを公言し、 攻撃防御をかます必要があるかないか。 復讐は、こっ酷い目に遭わせた本人に返すべきだし、 そうしないと解決はしないだろうな、などと言う 事を考えてしまうのは、私自身が物語の主人公の 様に10代思春期真っ只中ではなくて、そう言う 時代を経て今に至る年齢だからだ。 心が老けると言うのは、自分がその年齢であった時の 気持ちを完全に忘れてしまい、大人の決まり切った 考え方が当たり前なのだ、と思った時だろう。 間違いなく経験を重ね、それに伴って実年齢も 重ねる訳だが、10代の時に何を考えていたのか 忘れない内は「老けこまない」「年相応の大人に ならない」んじゃないか、と最近思うようになった。 精神年齢が「若い」と言うのは、若い時と同じ様に 後先考えずに無鉄砲でいられる事ではなく、 自分が年を食ったからと言って若い時にその 若さゆえに頑なであった部分を今でも「解る」 事じゃないかな、と思う。 イマドキの若者は…と言う台詞が口をついて 出た時点でおっさん・おばはんなのだとはよく 聞くが、若者…

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木原音瀬作品を読む時に湧く高揚感の正体とは…②

嗜虐場面が書いてあるものを読むのは=その様な 趣味の人間か、と言えば違うに決まっている。 そもそもBLを読む読者の大半が女子なのに、 描いてあるのは男性同士の恋愛物語なわけで、 当事者になり得る筈がない。 BLを読む人間が=同性愛者なわけがない。 それと同じ、と理屈で言いきる事は簡単だが、 それでは何故、いわゆる「痛い系」を好んで読む、 と明言する(勝手にしている訳だが)人間とそうでない 人間がいるのか。 痛い系を読むからと言ってM寄りだとかS寄りだとか そんな単純なものではないだろう。 では、この「高揚感」の正体はなんなんだろうか。 「高揚感」に付随する「歓喜」があるからこそ 読んでいる事は間違いないのだ。 (こう言う風に書くとまた誤解を生むかもしれんが) BLを読む時に誰もが思うであろう、次にとうとう 「濡れ場」に差し掛かる、と言う時の高揚感。 濡れ場目当てで読まない人もいるし、濡れ場の為に 前後の物語を読んでいると言っても過言ではない 人もいるだろうけが、あの、濡れ場に差し掛かって どんなエロい事になるんだろうか、この男同志は!! と言う時の、読む直前のぞくぞくする感触、と言えば きっと解って貰えると思う。 あの同じ感覚を、酷薄な行為に及ぼうと舌舐めずり してる描写の辺りで「期待」してしまうのだ。 どんな怖いことをされるんだろうか、この人は… と言う具合に。 「高揚感」と言う意味に於いては同種なのである。 誤解のないように書いてお…

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木原音瀬作品を読む時に湧く高揚感の正体とは…①

時に木原作品は「痛い」「容赦がない」と言う風に 評される事があるようだが、既刊本を読んでいる間、 確かに「痛い」し「容赦がない」とは思うが、 その「痛さ」に対して過剰演出しないのもまた 木原作品の特徴だな、と思っているので、殊更 煽情的に「痛さ」を演出し、「痛さ」によって読者を 驚かそうとか痛がらせようとか言う作者の意思が 皆無であるので、私にとってそこに書かれている 痛さと言うのは、作中の人物たちがリアルに 経験しているものの描写として捉える場合が多かった。 読者である自分の痛みではなく作中の人間の 痛みであり、自分を切り離すのではなくて、その 痛みを享受するのは渦中にいる彼らに他ならない、 と言う感覚。 部外者である私(読者)が安易に「解る」と言っては いけないもの、と言う感覚の方が大きい。 そして作者はその現象をそのままに捉えて 文章にしているだけだ、と。 事実行われているものを過剰に演出し、 痛さの残酷さのみを際立たせようとする作者の 読者に対する「狙い」などは皆無なのだ。 映画の中で感情豊かに表現されるものではなく、 ドキュメント番組を見る怖さ、と言うか。 「痛い」のは無論解るが、辛すぎて読めなかったり 「容赦がない」と捉えない自分のような人間は ひょっとしたら人間として冷血な部分があり、 その辺りの心の機微と言うものを読み取れないのでは とも思ったが「客観視できる」事によって冷静に 物語を読んでいるからでは、と人に言われたので…

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絵柄が変わらない凄さよ…『知らない顔』。

新しい作品要らないな、とは言わないが、未読の作品・ 作家さんを発掘するよりも、好き作家さんの既読作品を じっくり読む方がいいような気さえしている。 どう言う作品か解っていても、読み返すと気付きが あったり、解釈が変わったりするのであれば、 読んだ事のない作品に抱く鮮度よりも有意義だと 思えたりするからだ。 知らないものを摂取するのにはある種のストレスが かかる。 絵に馴染めてないし、初めて読むのだから作家性も 解らない、自分にツボるのかも保障されてない。 期待はしたいが裏切られると嫌だ、と言う出発点が マイナスから読もうとしてしまう。 期待し過ぎると期待が裏切られた時にその作家に 対する印象が決定してしまうからだ。 初めてのものに高陽感を抱きながら望むよりも、 既読作品を「間」を空けて読む方が何倍も楽しい、 と思うようになってしまった。 スピード出世的と言うか、商業では初コミックの 作家さん作品がヒット作の出ないジャンルと言われて いるBL作品の中で「売れて」いたり、発売時に 既に音声化が決定していたりするのを聞くと、 現存する作品にはない面白さがあるからこそ、 だろうと期待して読むのだが…正直に言ってしまおう、 何がどう面白くて鮮度が高いのかさっぱり解らん。 作品名は明記しないが、恐らく世間的には誰もが 読んでいるであろうと思われている売れてる作品の 数作なんだが、これくらいで持て囃されているのは なんでなのか、本当に解らない。 最近…

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女性作家だからこそ書けるBLのエロティズム『エロティカ』。

エロいものから遠ざかって数か月。 だいぶ復調の兆しを見せて来て、濡れ場が頭から 擦り抜けたり、気持ち悪いな、と思うような事が なくなってきたからだいぶ復活してきていると 思われるので、スランプ期間に差し掛かってしまい 読むのを中断していた榎田尤利の『エロティカ』を 最初から読み直すことにした。 確か、足フェチの話あるよ、と聞いて購入したと 記憶している、冒頭から足フェチの話である。 靴ずれは…痛い。 それはもう、壮絶に痛い。 ハイヒールは足長効果あるし、大した服を着てなくても お洒落してるように見えるし、履き続けると足が鍛錬され 足首しまってくるし、外見を良く見せる手助けとして かなり重宝する代物でもある。 私は昔からマニッシュな靴が好きで、ヒールなんて 「女子」の履くもので、足は痛くなるし、履かないで済むなら 履かない派、だったのだが、数年前から仕事上で 私服制服になり、立っている売場に合わせてヒールを 履かざるを得ない格好をしなくてはならない事情が出来、 仕事でヒールを履いているのだが、外反母趾気味に なるわ、腰痛持ちになるわ、右膝いかれるわ…で 身体にとっては全くいい事ない代物と実感している。 それでも履かざるを得ないと言う事と、もう一つ、 数か月履き続けて、マジで足首締まり、何をせずとも 3、4キロ体重が落ちたりした。 整形外科にリハビリ通う羽目にならない程度に 履くようにしている。 女性でも「足が痛い」と感じないで履いている…

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賞味期限が切れる感覚が伝わる…『期限切れの初恋』。

ああ…これで既刊本で手に入る木原作品は ほぼ読み終えてしまったと言う換算になる。 正確にはまだ一般誌に載った短編が手元にあるが、 BLの単行本は手に入るものは殆ど読んだ筈。 あとがきでタイトルを『賞味期限切れの初恋』と言う 案もあったと書かれていたが、期限が切れると言うより 想いを自分の中に持ちすぎた事によって どうしようもなくなった感は「賞味期限」と言う 表現の方がニュアンス的に合うなぁ。 期限が切れて過去のものとして清算しなくては ならなくなった、前に進まねば…と言う作品ではない。 期限が切れても想い続けている話ではあるが 「賞味期限」と言われる方がしっくりくる。 色んな制約があってより短く解り易いタイトルに なったんだろうと思うが、作者の中では 賞味期限が切れるニュアンスで書かれた作品なんだろう。 美味しくはないが、まだ食べられる事は食べられる、 と言う、あの何とも言えないある意味で「だらしない」 感じは… が、『期限切れの初恋』って、絶妙なタイトルだなぁ。 初恋ってたいてい期限切れになるな、そう言えば、 と至極納得がいく。 宇野にとっては初恋だったかもしれないが、 いわゆる「片思い」と言うやつでもあると思う。 片思いは成就しないから片思いであって、 成就しなかったから相手と会う事がなくなっても 時折思い出したり、その時の気持ちに縛られたり するんじゃなかろうか。 自分の感情としても決着が着いてなかったからだろうし、 時間を置…

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ほんとに好きだ、ARUKU作品…『ほんとは好きだ』読了。

梶本レイカと同じく、繰り返し同じテーマを書かれている、 と私が勝手に分類している作家さんにARUKUがいる。 この作家さんは、私にはもう、この人が漫画と言うものを 描こうと思ってくれてこんなに嬉しいことはない、と言う レベルで好きな作家さんだ。 理屈抜きに好きだ…ではないな、理屈で言い尽せない ものがあるほどに好きだ、と言った方が正しいか。 待ちに待った新刊『ほんとは好きだ』。 私の方こそ、ARUKU作品が「ほんとに好きだ」… 上流家庭出身の子息が通うカソリック系の男子校。 人望の厚い人気者の北条。 生徒会の執行部役員にもなっている。 同じクラスの柾はクラスの誰とも交わらず、いつも一人で 過ごしている。 露骨にイジメの対象にしている輩もいる。 北条は孤高の人である柾が気になって仕方ない。 孤立を恐れない柾をこっそり盗み見したり、なんとか 口をきいたりできないか、と悶々としている。 ARUKUが繰り返し描かれるのが、持つ者と持たざる者、 そのどちらが人間として幸福なのか、と言うある種の 対比と、違うものが惹かれ合う様と、この作品も私の 大好物であるARUKUモチーフが匂い立つようだ… 学校の中で完全に少数派である柾が周囲に溶け込むなど 最初から困難で、どこの集団も大抵は多数派が 正しいのだ、と言う顔をしてのさばってるもんだ。 そう言う事が解っているので、柾ははみ出し者である事を 嘆かないし、交わる気などさらさらない訳だ。 それを見る多数側…

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梶本レイカの新作『Call me, Call.』

5月は特に好きな作家さんの新刊がまとめて 出版されたので、未だBL挫折中でありながらも 発売を首を長くして待っていた。 『高3限定』後の梶本レイカの新刊とくれば期待で 胸が膨らまない筈がない。 早速読んだ。 デリヘルのスカウトマンと気弱で純朴な青年。 設定だけでもう怖い(笑) 性質と言う人間の本質につけいられる人間と、 つけいる人間の対比。 『高3限定』でも、『ミ・ディアブロ』でも、弱みを握られる と言うのとはまた違うのだが、善悪の区別のつかない 曖昧なところを攻められる感じ、梶本レイカと言う 作家さんの好きなところはここである。 最初はちょっとしたことなんだ、くらいのことなのに 取り返しのつかない関係を築かざるを得なくなる… 1ページ目を開いた第一印象、物凄く絵柄が整理された、 と言うか、『ミ・ディアブロ』や『高3限定』の時に感じた 「ざらざら」「ぎりぎり」している線の印象が非常に 少なくなっていると感じてしまった。 漫画家さんが作品数をこなす内に絵の上手さが 上がり、それによって「抜ける」と言うか、要らない線が 全く描かれなくなる事で「のっぺりした」絵柄に なってしまう時があるが、それとは違うんだが 前作では、皮膚を擦って毛羽立たせたような、 そんなことをしたら痛いじゃないか、と言うような、 描いている作者の、文字通り血肉を削る気持ちが 登場人物の肉体表現に漏れ出ているような、 デッサンより何より、絵で作品の持つ意味を 表現する事に…

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なぜBLを読むのか。

なんだかBLを読むのがしんどくなってきた今日この頃。 そうなってくると、そもそもなんでBLを読んでいたのか、 よくよく考えると、何故BLである必要があったのか、 と言う事でもあるわけだ。 マイノリティの物語が読みたい、イコール男同志の 恋愛だけがマイノリティなのか。 深く考えずとも、マイノリティの物語は他に幾らでもある。 それを解っていても男性の同性愛の物語を読みたいのは 何故なのか…と、問いは堂々巡りを繰り返すに至る。 なにゆえにBLだったのか、と言うのは私にとっては 実に簡単な事だ。 性行為=生殖⇒人間の本能である 人間はこれだけに縛られて生きているわけではない、 と言う事を「知った」為である。 人間が生物学的に本能を持つ反面、思考する 精神活動があり、そこでは本能に準ずるだけではない 出来事も起こり得る、と言う場合がある、と知った為だ。 小難しそうに言う割に、知ったきっかけは単純に 小学六年生の冬に『風と木の詩』の14巻を読んだ、 それだけである。 読んだ時の年齢が12歳で、性行為には生殖と言う 目的があることを既に知っていたからである。 その時に、多分私の思考は「性行為をすれば 妊娠するリスクがある」と考えてしまった事だ。 何故、女性だけがこのリスクを背負うのか、と言う事が どうしても解せなかったのだ。 そこへ、それまで少女漫画しか読んでなかった脳みそに 一つの場面が飛び込んできた訳だ。 セックスって男同志でも出来るのか!!と言う…

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理屈で、言葉で表現するのが難しい…『いとしの猫っ毛』第3巻。

まあ、BL読んでないですよ… 好き作家さんの新刊がここ数か月コンスタントに 発売されていて、読んでいるのだが、読んだ後に 読後感を消化する思考回路がすっかり鈍っている。 小説は買った傍から読む訳じゃないが、コミックスは 買った日に読んでしまうと言うのが習慣なので すぐに読むんだけど、読んだだけで満足してしまう。 作品が面白くなかったとかではなくて、自分の 心が沈滞しているに過ぎない。 なので、猫っ毛も買ったその日に読んだのだが、 再読するまでに時間が経ってしまった。 (今年になってようやく気付いたが、自分の誕生月は  毎年体調がすこぶる悪い。  今年は体調に加えてメンタル面が一向に浮上せず、  習慣で小説を読む以外に何もする気が起きなかった。  いわゆる季節の変わり目・節目に体調がおかしくなる、  と言う体質になってしまったんだな、と言う事だ) 猫っ毛もコミックス4冊目とは…感慨深い。 しかもまだ続くと言うからこの上なく嬉しい。 もう、この作品に対しては、みいくんと恵ちゃんは 「知ってる子」で、彼らがずっと一緒にいるであろう 未来を、柄にもなく温かいまなざしで見守りたい 気持ちでいっぱいである。 3巻目(実質は4冊目)の山場はリバップルではなくて、 恵ちゃんが嫉妬でぎりりと歪めた顔の止め絵だろう。 癒し系、ほんわか系の恵ちゃんでも、嫉妬に支配されると あの様な鬼の形相になるのだ。 あの一コマを見た時、なんだか筋違いだが、やった!! と…

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木原節引き立つ一般雑誌の載った短編『虫食い』。

小説現代2013年11月号に掲載された木原音瀬の短編 『虫食い』が読みたいが為に取り寄せて購入。 グロい、と聞いていたが、これはグロいだろうなぁ、と 私でも思うが、グロさを読者に読ませて殊更に 気持ち悪がらせようとするのが目的の作品ではないので、 グロい部分は「グロい」と言う認識はするんだけど、 そこばかりが気になって作品に集中できない、 と言う事はない。 グロい、と言われるのも解らないでもないが、 嬉々として生造り食ったり踊り食いする人を見てグロいと 表するのであれば解るが、生き物殺生してると言う意味では 大差はないと思う。 まあ、私はカエル生で食いたいとも思わないのと同じに 生造りも食わないが、その点の良識やモラルは個人で 価値基準が違うので、その部分だけを捉えると 文学を読む楽しみは半減するだろうなぁ。 享楽を交えて食っている、と言う部分がグロいと 捉えられるのかもしれんが、子豚の丸焼き皿に載せて 飾り付けて「旨そう」と言う人が映画「ベイブ」を見て 可愛い、と言ってる事の方がグロい。 虫やカエルが口の中に入っている描写がリアルで気持ち悪い、 ってのは解るけども つーか、口に絶対入れたくないし、今じゃ触るのも無理だ。 子供の頃は平気だったが、今は蚊が寄って来ても寒気するし。 あれなんだろねー、大人になって触れなくなる感覚。 木原作品の中でも『FLAGILE』『月をわたる夜の船』『WELL』に 分類される作品に当たると思う。 なので、木原…

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