ことぶき猫玉日記

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zoom RSS 『東京喰種』にハマった自分に対する考察:2017年5月18日「無印13巻及び14巻」什造のフォントA

<<   作成日時 : 2017/05/18 13:14  

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もう一つのフォントはも、言葉には出さない言葉で使われている。
14巻 #134[倒惨]より
画像

「…篠原サンのせいじゃないのに」
ここで初めて、普通の「明朝体」が使われている。
他の登場人物と同じ書体である。
その直後の
「…どうして泣くの?」
はタカハンドで、什造の主人格はタカハンドで喋る人格、
とここで作者が結論を出したんじゃないだろうか。

什造は虐待に因り、人格を分離させる事でその境遇に
何とか対処しようとし、その後も、分離した人格たちを抱えたまま、
いきなり外界へ引っ張り出されてしまった。

13巻 #122[黄鈴]は、什造が動物園でキリンのスケッチを
している場面で始まる。
人間社会の仕組みをあまり解ってなさそうな什造が(笑)
一人で入場料を払って、一人で動物園に来ている。
そこへ、退院明けの篠原が来る…
什造は、一度、篠原さんの家族と共に、動物園を訪れた事があり、
仕組が解っているので(入場料を払って動物を見る)一人で来ることが
出来たんじゃないだろうか。
色んな動物が見れて、スケッチも出来る、暇さえあれば
動物園に行くようになったんじゃないだろうか。
篠原は、自分が連れて行った事で什造が「動物園通い」している事は
知らなかったんだろう。
他の局員に聞いて「什造なら多分動物園っすよ」とか聞いて、
真っ直ぐ動物園へ来れたのだ。

篠原は、自分が什造にどれほどの物を与えているのか、
全く自覚してなかったに違いない。

「動物 好きなのか?」
「断面図とか想像すると楽しいです」
「…そうかい」
と言う、引き気味の科白が入っているが、ここにも作者のミスリードが
含まれているのに、やっと気付いた(笑)

什造は、あくまでも「想像すると」と言っている。
切断して「断面図を見たい」と言っている訳ではないのだ。
虐待を受けた子供→小動物虐待、現実社会の中で凶悪な
殺人事件が起きると、過去に動物虐待の実態があった、と言う風に
報道される事がある。
全ての殺人者が「動物虐待」の過去を持っているかと言うと、
事実はそんな事は無いのであって、これも「大衆の思い込み」と
巧みに突かれているのである、作者に…

ネコちゃんと言って、その死を憐れんでいた什造は、真実。

什造の本質は、至極「まとも」なのである。
だから普通の顔をして自分を「異端」「おかしい」と言う「目」で見て
決めつける大勢の輩に対し、怒りを覚えるのだ。
人の本質を見る目がない人がいっぱいいるんだ、と言っている。

アニメでは、什造が父親に手を引かれる男の子を見て、
篠原と横に並んだ時に男の子が立っていた位置に移動して、
篠原を見上げてふふっ、と笑う場面が描かれている。
アニメ的に解り易く、什造が篠原に父性を求めていた、と言う
場面を入れたんだと思うが、原作では、篠原が意図して什造の
父親代わりをやろうとしたわけではないだろう。
ただ、普通の子供として扱っていただけだ。
わざとらしく家族サービスに付き合わせたりなどはせずに。

「什造、動物園行った事あるか?」
「動物園ですか?動物園ってなにするところです?」
「なにする?うーん、動物に会える、と言う感じかな」
「動物さんに会えるですか!どんな動物さんに会えるです?」
「おお、象とか、キリンとか、虎なんかもいるぞ」
「キリンさん見れるですか!」
「ああ、見れるよ、あ、でも触っちゃダメだからな」
「お触り厳禁ですか…」
「お触りって…誰がこんな言葉、什造に教えるんだ、政道か」
「触れないのに、どうやって動物さんがいるです?」
「ああ、それは檻に入ってるから」
「檻に入れられてるですか…それは窮屈ですね」
「…そうだな、でもな、飼育員さん達にちゃんと世話して貰って、
 子供たちにも見て貰って、動物ももしかしたらこんな暮らしも悪くないと
 思ってるかもしれんぞ」
「僕、行きたくないです」
「一度行ってみろ、な、楽しいかもしれんぞ。
 今週末、チビども連れて行くんだよ、お前も来い、な」

これくらいの会話はクリアしなければならんかったかもしれんが。

什造のフォントに着目したのは、私の什造愛以外の何ものでも
ないのだが、作者が意図してやってるに決まっているので、
考えざるを得ない訳である。

局部を潰されようと、什造がビッグマダムでさえも、ひょっとしたら
自分の子供のように愛してくれているかもしれない、と淡い期待を
抱きながら、あそこでの日々を過ごしていたに違いない。
CCGがオークション戦の捜査に入り、結果として、喰種に誘拐され、
解体屋として人殺しを強要されていた可哀想な被害者の子供は
救われた。
「―――永遠に続くと思われる‟母”との暮らしは
 たった一回の出来事で幕を引く」
こんなに呆気なく終わるのであれば、今まで懸命に痛みに耐えて来た
時間は何だったのだろう…
いつかママが自分を「愛してくれている」と確信できる日が来ると
期待していた瞬間が一瞬にして「奪われてしまった」とも取れるのだ。

ぷっつり、途切れてしまった時間。
だから、什造にとっては「救い」でもなく「安堵」でもなく、
「呆然」だったのだろう。

この時点で、什造は呆然としたままで、その後、会話で使用される
以外に、モノローグ時に別のフォントが使われたのは、そう言う
什造の心の中の葛藤が更に人格分裂を招いたと言う表現のでは
ないだろうか。



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