ことぶき猫玉日記

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zoom RSS 小説『彼の命』B(東京喰種に寄せて…)完

<<   作成日時 : 2017/03/08 20:31   >>

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うちの運送会社には、特殊清掃部門と言うものがあった。
自殺者や、事故死など、家の中で起きた死亡者の部屋を
清掃・片付けを専門にしていて、清掃と後処理が主な仕事だった。
長い間発見されなかった遺体の痕跡、ヒトの遺体の残した
壮絶な足跡を特殊な溶剤を使用して、そこで死んだ人間など
いなかった様な状態に戻し、遺体の主が残した物たちを
処分するまでが一案件の流れになっている。
島さんは以前からその特殊清掃部門に異動を請われていた。
引っ越し部門で、島さんは一目置かれ、その有能さで
特殊分野を担って欲しいと言われていたのだった。
痩せぎすで、たまに事務の女子たちが「死神っぽい」と
軽口をたたくような雰囲気も、そう言う配置異動に拍車を
かけたのかもしれないが、単に特殊清掃部門の主任クラスが
両親の介護の為に家族ごと田舎に帰る事になり、
急きょ人員補充が必要になったためだった。
「俺は、特殊清掃は、できません」
とだけ言い、島さんはその場で退職を申し出た。

「島さん」
俺の声に島さんは振り向かなかった。
辞める必要はない、そこまで言うのなら、今まで通り引っ越しの方で
続けて欲しいと会社も言う筈なのに、こんなに唐突に。
ロッカーの中の少しの私物を攫う様に手にして、島さんは
出て行った。
事務所内が唖然としているのも気にせず、まるで辞表を
叩き付けた反骨心むき出しの人間のように。
「島さん!!」
俺は一年見続けた背中を追った。
特に二人で何かを成したとか、そんな感慨があった訳ではなかった。
父を亡くし、母が出て行って、俺は社会に出て働き始め、
その仕事場で最初に上司になっただけの人だった。
仕事の事は島さんに教わったが、島さんは俺じゃなくても
誰にでもそうしていただろう。
妹の事も、偶然が招いた結果で、恩義は無論感じているが
一生モノと言う程に重いものだろうか。

俺は見ていた。
壊れ物の箱を島さんが受け止めた時。
支えに入った左腕の、袖口と軍手の隙間に見える手首に箱の角が
当たりひっかき傷がついたのを見ていた。
面から見る、対戦相手の身体の揺れを読む時の様に、俺には
見えてしまった。
コンビニ袋からいつもの珈琲を取り出して渡した時、見た筈の
ひっかき傷がどこにも見当たらなかったのを、確認した
自分がいるのを、俺は知っている。

「島さん、島さんは喰種なんですか」

ヒトと同じ外見を持ち、ヒトを食う事でしか栄養を摂取できない
喰種と言う生き物がいることを誰もが知っている。
知ってはいるが、見た事がないと思っている人間が殆どだ。
テレビのニュースで「喰種の捕食事件が発生」と報じられても、
俺じゃない誰かの身に起こった事、交通事故と同じ様に
自分は被害者にはならない、そんなものと同じだった。
ヒトに似たモノに誰かが食われていようと、そんな事よりも
俺には、突然死んだ父、居なくなった母、そう言う大人の都合で
振り回されてたまるかと言う、生きていくリズムを刻む事の方が、
それを手放さない事の方が大事だったんだ。

島さんはヒトにしか見えない。
島さんが生きているのに、そこにいるだけで誰かが恐怖を
抱いているところも見た事がない。
でも、もうここにはいられないと、島さんは思ったんだろう。
俺が気付いてしまったせいで。
俺が就職するまで、島さん一人が社員でも、弊害なく業務は遂行され、
誰かがずっと彼を注視する事などなかった。
引っ越し要員は常に入れ替わって通り過ぎるだけで。

「俺は今まで、自分の手で人を殺して食ったのは一度だけだ」
島さんの言葉は流れるように口から吐く息と一緒に流れて来た。
「その時の罪悪感が忘れられない。
 家族にも見捨てられた浮浪者だった。
 誰も彼の行方を探さない…ヒトにも、そう言うヒトがたくさんいる。
 そう言うヒトを食ってればいいかな、と思ったが…」
島さんは小さく息を吸い込んだ。
ひゅっと喉が鳴る音が聞こえた。
「ビニールシートの彼の小屋の中に、財布があって、その中に
 小さい男の子の写真があった。
 その小さい男の子は、もうとっくにいい大人になっている。
 彼はこの男の子の父親だろう。
 いつか、居なくなったのではなく死んだのだと知った時、
 この男の子はどう思うだろう、と考えてしまった」
俺たちは、食卓に並ぶ豚や牛や鳥の命を考えない。
自分の手で殺して食わずに済むからだ。
人間社会は「殺す」と言う行為を誰かに職種として委託し、
金を払ってるんだから、と「殺す」に目をつむっている。

島さんはどこかへ行ってしまうんだろう。
さよならの代わりに、俺に話している。
「俺の父親も、俺のたった一枚の写真をずっと持ってたよ。
 俺が好きだったんだな、と思うと、俺はもう、自分がどんなに
 飢えたとしても、自分でヒトを殺す事はできないなと思ったんだ。
 父親はいつの間にか居なくなっていて、多分、殺されたんだろう」

バラバラに引きちぎられた父の肉片一つ。
もしあの駅構内に喰種がいれば、あの肉片の一つさえ
ご馳走になるんだろう、唐突にそう思った。
そう言う事なのかと、思った。
誰かにペットで飼われているミニ豚を見て、食ったら美味しいだろうな、
と思うヒトがいるだろうか。
ペットは食わない。
スーパーで切り売りされている豚肉と、目の前のペットとは
別物だとヒトは思いたいんだ。

「俺は肉を買う為に金が必要で、働いているんだ」
ヒトに紛れる為、人の入れ替わりの激しい職種を選び、
闇で売られる人肉を買うのだろう。
「俺はもう、殺せないからさぁ…」
さよならの代わりに、島さんは話してくれているのだと思うと、
これ以上聞きたくない気持ちが湧いてきた。
島さんと言う人との巡り合いが終わってしまう。

電車にはねられて唐突に失くなった俺の父の命。
いつの間にか居なくなった島さんの父の命。
俺の喪失も島さんの喪失も同じものだ。
「俺は誰にも言いません」
「吉野のせいじゃない」
「誰にも言わない…」
「俺はずっと、こうして生きながらえて来たんだ。
 吉野、お前には関係ない」

「同類以外にバレたのは、初めてだったなぁ…
 お前、俺の事、よく見てたんだな」
「仕事の、先輩ですから」
俺の言葉が島さんの喋り方のように途切れがちになる。
「ここは、長い方なんだ。金で買えるからな…
 だから、長すぎるんだ」
島さんは一度も振り向かなかった。
俺は、島さんがどんな顔だったか、一瞬脳みその中に
描く事が出来ない自分に気付き、衝撃波の様な混乱が頭の中を
駆け巡るのを感じながら、もう、島さんに一言たりとも言葉を
続ける事が出来なかった。
いつもの角を曲がる島さんの背中が、視界から消えた。

それ以来、島さんには会ったことはない。
俺は運送会社での仕事を続け、妹は奨学金で大学に入学した。
特殊清掃部門に異動したのは一年前で、俺は人が一人で
孤独に死んでいく痕跡を幾つも目にした。
痕跡はあるのに「遺体」がない事例も何度か経験した。
事件性を帯びるその現場で、遺体は喰種が持って行っている
と言う話も何度も聞いた。
事件に巻き込まれ、拉致されたままのヒトの中の事件の
被害者もいるだろうが、確実に喰種の捕食被害者もいる、と
大学出で、特殊清掃一筋の、マニアックな仕事の仕方をする
上司の神谷さんは話してくれた。
「遺体を見つけて持って行っているのか、ここで殺して他で
 食ってんのかは分かんないけどなー」
防護服の下から、軽い口調で神谷さんが話すのを聞きながら、
誰も島さんに気付いてなかったのに、と言う思いが胸を過ぎる。
「自殺遺体を全部喰種が持って行ってくれたら、なんか色々、
 需要と供給が見合ってる気がする俺は変かね」

特殊清掃なんて、誰もやりたがらない。
訳アリ物件の話、自殺者の霊魂が、そう言う怖さがある仕事を
誰がしたいと思うだろう。
金が欲しい奴は我慢する。
俺は、妹を大学に進学させるためと言う理由で異動を願い出た。
神谷さんはかなりの変わり者扱いされているが、自ら志願して
部署異動を願い出た俺も、今じゃ変わり者NO.2と呼ばれている。
俺は、島さんが頑なに異動を拒んでいた理由を知りたかった
だけかもしれない。
変人神谷さんの事も少し解って来た。
この人は、どの現場も綺麗にしないと気が済まないみたいだ。
何度も何度も、誰かの死をなぞっているかのように。

一人で死んでいった人間の痕跡は、ただ、悲しかった。
体液がどす黒くしみ込んだ畳、風呂場のカビまみれのタイルに
飛んだ黒い血の跡、腐って胴体から離れてしまった頭と
体との距離、それらは全部誰かの「死」の証で、誰もが
死ぬ可能性を秘めながら生きていると解る。
どうせ死ぬんなら、島さんの食べて貰えよ…
俺は、そんな痕跡に溶液を吹きつけながら、不謹慎と
思いながら、いつも、考えずにはいられなかった。
あなたの死が彼の空腹を満たすのに。
それは「殺して食う」事と同義だろうか。
俺が何かしらで死んだら、島さんに食べて貰いたいと、
どうせ死んだんだから、焼いて灰にしてしまうくらいならと、
ずっと考えている。

自殺者の現場で、俺がいつも考え込むので、神谷さんは
驕りだから付き合えと言って居酒屋に連れ込む。
飲むと饒舌になる神谷さんは、特に不気味で気持ちの悪い
話をしたがって、いつの間にか酔客を集めていたりする。
特殊な仕事をしている人間の話は聞きたいもんだ。
自分とは縁がないところで起きている事に対して、ヒトは
貪欲で傲慢だ。
向かい席に知らないオヤジが二人座って、神谷さんと意気投合、
俺は黙り込んでもいいだろうと、チューハイのお代わりを頼んだ。

有線から、繁華街で聞いたあの曲が流れた。
初めは気付かなかった。
その曲を全部まともに聞いた事がなかったからだ。
サビの歌詞を耳にして初めて、あの曲だと気付いた。

俺は、あなたの、命が愛おしい。
俺はヒトだから、ちょっと利口な動物を見て、感情移入しているだけかも
しれない。
でも、喋るインコも、お手をする犬も、言われた物を持ってくる猿も、
みんな生きているものだ。
島さん、あなたも生きているものだ。
生きているものを愛おしく思ってしまうのはおかしな事だろうか。
妹の為を考える気持ちと、島さん、あなたにずっと生きてて欲しいと
思う気持ちと、違う種類のものだと思えない。

神さま どうか どうか
島さんを生かしてくれ。
神さま どうか どうか
せめて島さんが自分の命を諦めてしまうその瞬間までは。
生きとし生けるものをあなたが生んだと言うなら、島さんもあなたが
この世に送り出したものだ。
あなたには見届ける義務がある。
「吉野、大丈夫か?」
神谷さんの声がして、雑多な現実の音の世界が戻って来た。
「お前、泣いてるぞ…泣き上戸だったのか?」
     ―完―






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