ことぶき猫玉日記

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zoom RSS 小説『彼の命』A(東京喰種に寄せて…)

<<   作成日時 : 2017/03/07 20:28   >>

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2階建てで12棟の賃貸アパートに戻って来た時、母親が出て行った
あの日のように部屋の中が冷えていて、妹は帰宅していなかった。
慌てて携帯を開くと、見慣れない市内局番の着信履歴が残っていた。
嫌な予感がして、妹の携帯に電話をかけた。
今、駅前の交番にいる、迎えに来て欲しいと言う声と入れ替わりに
年配の男の声で「お兄さんですか、妹さんがここにいます」と言われた。
交番に着くと、妹はずっと顔を俯けたまま、俺の履いた汚れたズックを
見つめた。

未成年と言う事で交番に保護した、あまり柄の良くない場所を
うろついていた為、保護されながらも怯えている妹の気持ちが
痛いほど伝わって来た。
3人の男たちに絡まれている所を通行人が見かねて交番まで
知らせに走り、保護に至ったと言う事だった。
なぜそんなところに居たのか、警官側にも聞きたい事はあるだろうが
現状は通行人からの通報で警官が保護した高校生と言うだけだった。

身分を証明するのに免許証を提示して、注意を促され、交番を後にした。
妹は俺が来てからずっと俯いたままだったが、俺と同じ様に
警察官に「ご迷惑をおかけしました、有難うございました」と繰り返した。
「友達と来たのか?」
アパートまで2駅だったが、どちらともなく歩き出した。
「一人で来たのか?」
「今日は、一人」
「何か用事があったのか?」
「用事は、ない。なんか、歩いたらそこにいた感じ…」
「あの辺は行くな、危ないだろ」
繁華街の暗がり、堅気の大人でもあまり近づかない地区。
若者が薬物を手に入れる場所、と言うのが近辺に住む人間の認識で、
学生がただ歩いて行く場所でもなかった。
「友達に誘われた事があるのか?」
「…うん」
「何か買ったりしたのか」
妹は俺の知らない顔になっていたが、交番に着いてから初めて
俺を見た顔は、いつもの妹の顔だった。
「ううん、何も買ってない。兄ちゃんを困らせる事は絶対しない」
「そうか」
「うん、ごめんね。仕事で疲れてるのに余計な事して」
「お前の為だけじゃない、俺がそうしてるだけだろ」
妹は黙ってしまった。
「お前にそう思いこませたなら兄ちゃんが悪かった」
「兄ちゃんはいつも黙ってなんでも自分で決めちゃうから…」
「そうだな」
「私には言ってくれないと分からない時もあるよ」
「ごめんな」
「母さんは何も言ってくれなかったから…兄ちゃんには言って欲しい」
そうか、妹はずっと、傷ついていたんだな、と言う事が俺の脳にも
ようやく届いた。
父の死を告げられた時、呆然としているだけの母、俺は一人で
遺体確認に行った。
俺は父の死を確認した。
妹にはむごすぎると棺桶の中の顔は見せなかった。

妹は父の葬儀で泣く事もなかった。
それほどに辛いのだろうと思い、俺は何としても奮い立たねばと
思い込んでしまったが、俺が妹が悲しむ機会を奪ってしまった。
母の事も、居ないなら居ないで大丈夫と思わせる事にばかり
気持ちが向かってしまい、妹がどう受け止めているのか
聞きもしなかった。
そんな妹に、俺の姿はどう映っていたのだろう…
がむしゃらでいる事で現実を受け止めていないように見えては
いなかっただろうか。
「兄ちゃんと同じ制服着てた人が助けてくれた」
「制服?」
「運送会社の方」
島さんだ、と咄嗟に気付いた。
「痩せてる人だったか?」
「うん」
島さんが3人の男に絡まれている妹を見かけて、何も言わずに割って入り、
襟首をつかまれた時、相手の腕を掴んだと言う。
掴まれた男は物凄い悲鳴をあげた。
島さんはすぐに手を放したが、相手の男の手首は折れている様に
見えたと言う。
男たちは退散したが、妹は悲鳴を聞きつけた通行人のお蔭で
保護されたのだ。
「ちょっと持っただけなのに…骨が折れたんじゃないかな。
 ポキって音が聞こえたし…凄い握力」
「うん、あの人、痩せてるけど凄い力持ちなんだ」
島さんは警官が来る寸前に男たちと同じ様にその場からいなくなっていた。

妹が居たのは若者たちが違法薬物を手に入れる為にうろつくような、
およそ島さんにも似合わない場所だった。
島さんがそんな場所に居合わせる事には違和感ばかりを覚えた。
あの痩せ型、物を食わない事から考えると、島さんも薬物を買いに
来ていたのではないかと頭の隅にチラッとよぎったが、不思議と
絶対にあり得ないと言う気持ちが勝っていた。
それは妹を疑わない気持ちと同質のものだった。
「兄ちゃん、働きすぎで心配」
アパートまであと一角曲がればと言う道筋、妹がぽつりと言った。
「私の高校は事情があればバイト許可してくれるよ」
「…バイトしたいのか?」
「自分のお小遣いは自分で稼ぎたい」
「部活してる方がいいだろ」
「運動音痴の私が?私はお兄ちゃんのように働いてみたい」
妹は手先が器用、俺は手先は全く駄目が体を大きく使える運動が得意、
似てない兄妹。
手先が器用な妹は学校から帰ると母がやっていた様に家事を
こなすのに時間は要らなかった。
俺は仕事から帰ったら、今も御飯が用意されていて、風呂上りに
履き替える下着も洗濯してある。
二人で家族をやれてる。
「コンビニのバイト、私がやりたい」
「…やってみるか?」
「うん、やってみたい。勉強もする」
「そうか」
俺たち二人で家族をやって行くのにお金が必要なら、二人で
協力するのが当たり前と言う事を妹は言いたかったに違いない。
「店長に話しておく」
「うん、楽しみだ…初めてバイトする…」
そうか、何か若い者でも出来るバイトがないか、探しに行って
彷徨ってしまったんだろう。
俺は独りよがりだった。

島さんに昨日の顛末を説明して礼を言った。
普段からあまり表情が変わらない人だったけど、俺の顔を見返して
附に落ちないと言ったような、少しだけ顔が歪んだように見えた。
俺にとって島さんは、仕事を教えてくれる先輩で、妹の本心を
俺に見せてくれるきっかけをくれた人になった。
島さんにその意図がないとしても、俺にとって。
そして、誰にも立ち入らせない場所を持った大人として、
島さんのいる様が、特別に映って仕方なかった。
あの場所で、チンピラ3人に絡まれている女子高生を救おうと
迷いなく行動できる大人が何人いただろう。
俺に出来るかと考えると、出来たかもしれないし、出来なかったかも
しれないと思ってしまう。
島さんは躊躇いなく動ける何かを持っている。
痩せぎすの身体にそぐわない腕力、それには痩せの大食いの様な
言葉では片付けられない何か。
骨の折れる音がしたと妹は言っていた。
握力だけで人の手首の骨を折る事が出来るだろうか。
試しに、自分の利き腕の右手で左の手首を渾身の力で握って
みるが、折ろうと思った時にはこんな力では到底無理だと気付く。
自分の体相手だから無意識に手加減してしまう事を差し引いても。

仕事中、島さんを見ていても、その答えは返って来ない。
あの痩せぎすの身体に騙されて余計に力があるように
見えるのではないかとも思ったが、実際に俺より重いものでも
島さんは持ち上げてしまう。
但し、コツを掴んでいる技術がなせる業のようにも思う。
新築2階建ての、新居への引っ越しが今日の仕事で、
俺と島さん以外は常連二人にバイトが二人入っていた。
バイトの一人は引っ越しのバイトは初めてで、島さんは
極力「安易なモノ」を選んで運ばせていたが、動く事で
アドレナリンが出るタイプらしく、島さんが避けるものを
持ちたがるようになった。
力試しじゃねぇぞ、仕事だ、と俺は何度も怒鳴りそうになったが
今回限りで雇う必要が無くなる可能性もあるので、
「危ない奴は次は来させないよ。そう言う風に考えないと疲れるぞ」
と、島さんに言われた言葉を思い出して呑み込んだ。

アルバイトがニヤけながら運んでいたのは壊れ物の詰まった
一箱だった。
ガラス類と書かれており、台所ではなく2階へ運ぶのであれば
高価な装飾品の可能性が高い。
島さんが「吉野、もう少し離れて、行け」と後ろで言ったのが聞こえたが、
その時には、笑った拍子にのけぞってバランスを崩したバイトの
肩口から重たい箱がこちらに落ちてくる軌道が予想できた。
俺の頭部に当たればタタじゃ済まないだろうし、中に入っている
壊れ物が高級品であれば、会社が被る賠償金もただじゃすまないな、
と頭の隅で考えながら、咄嗟に両腕を頭の前に出そうとしたが、
俺の両腕も荷物で塞がれていた。
落ちる筈だった段ボール箱は、俺の横を素早くすり抜けた島さんが
受け止めていた。
スローモーションのようにその時の島さんの動きが見えた気がする。
視界はほぼ手に持った箱で塞がれていたのに、本当は
見えた気がしただけだろう。
島さんは右掌で箱の側面を止め、俺の前にあるわずかな階段一段分
くらいの隙間に体を入れ込み、落ちてくる段ボールを両手で受け止めていた。
「島さん、ナイスー!!」
バイトが大袈裟に額の汗を拭う仕草をしながら、軽々しく言う声を聞き、
俺はしっかり見ようと持っていた荷物を階段に下ろした。
「吉野、ちょっと下がって」
と島さんのいつもの平坦な声がした。
階段一段分のスペースで、島さんは箱を持っていた。
俺は慌てて自分の箱を持ち直して3段ほど階段を下りた。
何事もなかったかのようにバイトに片側を持たせ、二人で箱を
持ち直した島さんの背中が見えた。

あの箱は落ちる筈だった。
バイトが一人で抱えていた事を考えると、そんなに重くはなかったんだろうか、
それでも腑に落ちない感覚は抜けなかった。
「壊れ物、あの子、持たせないようにしてくれ」
流れ作業が続く中で、島さんはすれ違いざまに俺に囁いた。
俺は自分がミスでもした様な焦燥感で、その後は黙々と
島さんに続いて荷物を運び続けた。

トラック倉庫の隅の空き地で、遅い昼食になった。
俺は自分がバイトしていたコンビニで弁当を買う。
今は土日と、祝日に妹がバイトをしている。
店長は天涯孤独の人で、バイトから入って店長になった人で、
手放しで優しくはないがきちんとしている人だった。
俺の為に、いつも値引きの弁当をいくつか避けて
置いてくれていた。
「食べれないとヒトは生きていけんからな」
廃棄するくらいならと、苦学生やホームレスに値引きで
弁当を回していた。
廃棄寸前のタイムリミット前に買いに来い、としか言わない人だが
今日食べるモノに困っている人間が見過ごせない様だった。
自分が食べれない時があった時の辛さが忘れられないと
言っていたことを覚えている。
「エンゲル係数を如何に抑えるかが節約生活の秘訣だ」
と言うのも口癖だった。
島さんの珈琲を俺がついでに買う。
島さんはきっちり小銭を俺に渡して珈琲を受け取る。
銘柄が決まっていて、自販機に入ってない事が多いと言っていた。
コンビニで缶コーヒーだけ買う人間は珍しくないが、面倒だろうとも
思うので、ついでに俺が買うと言うのが島さんに対しての
俺の役目の様で嬉しかった。

「腕、怪我とかしてないですか」
中腰で弁当を食っているバイトの方に一瞥をくれると、
なんだか少し悲しそうな声で島さんは「うん」と言った。
「俺は、力持ちなんだ」
「素早いですしね、サッカーとか凄く上手そうだ」
「うん、運動は、出来ると思うよ」
まるで、一度もサッカーをやった事がない様に聞こえて来た。
俺はもう、この時にある事に気付いていたかもしれない。
島さんの表情にはこれほどの隙もなかったかもしれないが、
何となく、勘と言うか、知りたくない、見たくないものが
この世には在ると言う漠然とした不安に。
島さんの言葉のリズムに、一文に妙な間が空く事にも、
それがこの人の喋り方と言うより、探りながら喋っている様な
そんな気もしていたのかもしれない。
「島さん、地元どこですか?」
俺は、どこかの方言だと思いたかったんだろう。
「俺の田舎は、北の方、かな…」
島さんはあまり自分の事を言わない人だった。
「小さい、島に住んでてね、だから、名字も島なんだ」
と冗談のように言っていた。
今思うと、島に住んでいたからと言うのは本当なんだろう。
名字は、島に住んでいたから島にしたんだろう。
ただそれだけで島さんは「島」と言う名字にしたんだ…
     ―続く―






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